ハーメルン
怪男子
炙らる黒墨は夜闇に溶ける

                       *

「ぁ、ぁあ、あっ」

消えていく。

「ま、あ、待って、待っ……!」

彼女の身体が、霊魂が。焦げ粕となり何処へともなく消えていく。

慌てて残る彼女の手を引き揺するけど、当然ながら反応は無い。それどころか衝撃によって焦げ粕が散らされ、逆に消滅の速度を早めてしまった。
故に、何も出来ない。重さの無い彼女の身体を抱え、辛うじて残った右手を握り締めるだけだ。

「……その霊魂には悪い事をしました。怨霊に貶される運命となるのなら、昼の内に浄化するべきだった」

「!」

何も考えられず、呆然としている僕の鼓膜を鈴が揺らす。
顔を上げれば後ろ手に扉を閉めた少女が冷たい視線を向けている。どんな手を使ったのかは不明だが、状況的に花子さんを葬ったのは彼女なのだろう。

激しい怒りが吹き上がり、歯を砕かんばかりに食いしばる。

「お前……っ! 誰、何で、何でこんな……ッ!」

「貴方がその書の所持者であり、この場所に居る。それ以上の理由は必要無い」

淡々と、感情を感じさせない声音でそう吐き捨て、少女はこちらに歩み寄る。
そうして窓から差し込む月明かりの範囲に入り、その全身が照らされた。

髪飾りを見た時から予感はしていたが、昼に会った女学院生のようだ。和風の服装も冷たい敵意も何一つとして変わっていない。

「クソ、クソがっ!! 何で消したんだよ! 邪魔するなよ! 僕達にはこれからやらなくちゃいけない事があったのに! さっき一緒にって決めたばっかりだったのにッ!!」

怒り、悲しみ、恐怖。感情に突き動かされるまま大声で喚き、唾を飛ばして叫び散らす。さっきまで描いていた未来が潰えた事も合わせ、涙が一筋地に落ちた。

「消したのでは無く葬送ったのです、死せる魂をあるべき場所に。それが彼女の為でもある」

「余計なお世話だ! 訳の分からない事ばかり言いやがって! 返せよ、花子さんを、元に戻せよぉ!」

「……怪異法録にとっては、霊魂とは燃料に過ぎないのでは? それなのに、よく嘆く――」

少女は僅かに怪訝な表情を浮かべ、袖口から長方形の紙束を取り出した。桜の花弁が押し花とされた栞だ。
一体どういうつもりなのか。僕は睨むように観察し――ズキリ、と。脈絡なく右眼が強い熱を訴える。今までに無い反応に戸惑い咄嗟に指を這わせ。

「――桜の火、焔の灯――」

「うわッ!」

――煌、と。

少女がその内の一枚を翳し、某かの呟きを放った瞬間。激しく栞が燃え上がり、その美貌を赤く照らし出す。
唐突に生まれた炎は瞬時に和紙を焼き尽くし、渦巻く火球の形を成して彼女の傍らに浮遊し、侍る。

つい先程、花子さんの記憶の中で見た物と同種の炎。
おそらくあれで花子さんを焼いたのだろう。それは分かる。分かるのだが、しかし。

(超、能力? こんなあからさまな、う、嘘、だろ……!?)

幾ら何でもそれは無いだろう。
現実を受け入れる事に手間取っている僕を無視し、少女はこちらへ歩み寄る。

「貴方はもう、追い詰められています。怪異法録さえ手放すのならば、これ以上の手荒な真似は致しません。渡して下さいますか?」

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