5頁 不可逆(上)
4
「くそ、どこだ、どこだっけ……!」
箪笥の中を、漁っていた。
おばあちゃんが使っていた時のまま、殆ど手付かずだった古箪笥。入っているのは小物に文具、本やレコードなど様々だ。それらをなるべく傷つけないよう丁寧に、しかし急いで取り出し、目的の物を探す。
(アルバム、違う。辞書、違う! 小説、電卓、古びたメガネ、全部違う!)
逸る心を抑えながら。只管に漁る。そんな僕の脳裏に、先程帰宅していった藤史さんとの会話が浮き上がる。
『一緒ってのは語弊あるか。あの連続行方不明事件、俺の家内も被害者の一人だったんだよ』
既に心の整理はついているのだろう。訥々と言葉を紡ぐ彼の表情は穏やかな物で、ただ寂しさだけがあった。
『居なくなる前に買い物行ってくるとだけ言って、そのままドロンだ。多分、その事がトラウマか何かになったんだろう。俺が出かけるときは行き先をしつこく確認するし、自分が出かける時は呆れる程詳しく言い残してくんだ』
『……はぁ』
『今でもそれは変わんなくてさ、あんなナリしてんのにどこ行くんだよって必死になって聞いてくるんだ。一昨日もかなり細かいとこまで言っててな……』
それなのに、帰って来ない。彼にはそれが妻が消えた時と重なって、堪らなく不安なのだという。
心を覆い隠す仮面が、じわじわと罅割れ、剥がれ。ボロボロと落ちていった。
『……っと悪いね、何か空気悪くなっちまったか』
『いえ……こっちこそ、すいません。僕、知りませんでした』
『ハハ、まぁ意外だったわな。あのバカ、何時も本音出させてやるとか息巻いてたから、言ってるもんだと思ってた』
ギチ、と唇を噛む。
「くそ、くそ、くそ……!」
それから先の事を思い出すまいと作業に没頭しようとするが、上手くいかない。それどころか、更に鮮明になって僕の意識を犯し、かき混ぜるのだ。
『本音って、あの……それってどう言う……?』
『ん? ああ、何でも君が何時も嘘付いてるから、それを止めさせてやる……だったっけか。十歳くらいの頃からずーっと言ってんの。はは、バカだよなぁ、こんなに君良い子なのになぁ――』
その時上手く返事を返せていたかどうか。ただ、激しい不快感を感じていた事は覚えている。
「何が嘘だ、何が、何が――――、!」
悪態を吐きながら箪笥の奥を探っていると、一際大きいファイルを発掘した。もしかして、と期待感のままに取り出し中身を確認する。
「っ、あった……!」
それは、かつての行方不明事件の記録。幾つもの新聞の記事をくり貫いて作られたスクラップブックだ。
僕はいつの日か、これをお婆ちゃんが作っている姿を目にしていた。何のため、どんな感情を持っていたのかは分からないが、それは今考えるべき事じゃない。
震える指で無造作に開き、中身を確認。考察、批評、被害者、事件概要――記事に書かれた活字の群れを、忙しなく眼球を動かし追っていく。
『――にしても、本当どうしちまったんだろうな、浩史のバカ』
(起こったのは十二年前の今頃、最初の被害者は僕の両親で一件、そして山原のお母さんが……二件目。その直ぐ後に更に二件……)
[9]前話 [1]次 最初 最後 [5]目次 [3]栞
現在:1/5
[6]トップ/[8]マイページ
小説検索/ランキング
利用規約/FAQ/運営情報
取扱説明書/プライバシーポリシー
※下部メニューはPC版へのリンク