4.ままならない終わり際
海軍よりその知らせがもたらされたとき、陸軍を主とする統合幕僚本部の反応は、激烈で混乱に満ちていた。
作戦開始当初、アリューシャンへの陽動はあまり上手くいっていないのではないかといわれていた。本来、非常に攻撃的な深海棲艦が、迎撃でもなく、防衛を基本方針とすることなど希だからだ。
深海棲艦支配地域への偵察は、当然ながら大きな危険を伴うため、限定的なものにならざるを得ない。戦力が移動していることは確認出来たが、その行方までは推測するしかない。
軍としての体裁は整えてはいるものの、戦力の集中は限定的。
そう評価されたのだ。
であるならば、小部隊での接触を繰り返すやり方は、作戦目的にも適う。この時点では、苦労しているようだがよくやっている、と楽観視していたのだ。
しかし、連合艦隊は解散されてしまった。本部が気付いたときには、既に艦隊を構成する艦娘たちは帰還の途についていた。
海軍指導部は本部からの過激な問い合わせに困惑。そもそも深海棲艦にこちらの意図を空かされただけで、大湊警備府単独での迎撃は既定のことだった。
北方海域への攻め気を見せることで軍の編成を誘導。大湊で持久して、集結した連合艦隊で包囲殲滅。アリューシャン列島への橋頭堡を確保するのが本来の作戦だ。
その後は単冠湾まで後退しながら敵を拘束し、ミッドウェーを奪還。出来るなら挟撃して、太平洋での優位を確定することも視野に入れていた。
そのための準備は万端であり、最悪、摩耗すると思われていた大湊所属艦隊は予備として健在だ。むしろ消耗した各地の艦隊の回復を急がねば、国防に深刻な問題が生じる恐れがあった。
まともな軍を相手にしているのなら、苦渋の決断だといえただろう。
だが違うのだ。深海棲艦というのは、軍としての纏まりを欠く。つまり統制が緩いということだが、この統制を保つために必要なものが三つある。
一つは士気。兵士であるという自覚や自信、国家や指揮官への信頼など、訓練や教育によって維持されるものだ。深海棲艦は、人類へ生まれながらに深い恨みを持っているため、過剰なほどである。
次に規律。指揮官の権威を確立し、兵士に命令を守らせる為のものだ。厳格に運用されねば、生命の危機を前後にして、集団は集団たり得ない。深海棲艦は恨みを抜きにすれば、疑いすら持たない素直な性質であるらしく、発想として上位者と認めた相手に逆らうということをしない。
最後に補給。兵站の中でも、これが成されない軍は一部例外を除いて統制を維持できない。腹を空かせ、銃や弾薬を失った人間が、戦う兵士として活動出来るわけがない、はずだ。深海棲艦の補給は、艦娘と違い、全てを食事で賄っている。これが問題だ。
そもそも深海棲艦に兵站などない。曲がりなりにも軍艦を運用するのに、軍のみで構成された組織で維持できるものか。しかも総力戦という狂気の時代から蘇っているのだ。なのに奴ら、狩猟採集生活をしている。
恨みつらみなど関係ない。人類社会が標的になるはずである。
軍として行動してくれるのならば、手強くとも、例え敗北しようとも、被害は軍が負う。だが、彼女らがひとたび捕食者として行動を始めれば、敗北はなくとも国は滅ぶのだ。
だが、既にそういった危機からは遠のいて久しい。日本国土が攻撃目標としてはともかく、餌場としては不適格であると、円匙を叩き込んで教育したからだ。
だから理解出来ない。本物の物量が支配する、全く統制のない生存競争のおぞましさを。
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