3.一人の日常
私という存在が起動してから、今日で一週間。
お母上は遠方まで買い物、お父上はお仕事、主人であるイッキは小学校で勉学に励んでいる。
アリカ嬢とのロボトル後、イッキと私は他三名の方と戦い、辛くも勝利を得ることができた。まだまだ、互いに成長段階。これからも、絶え間ない精進を重ねるのみ。
今日の私は留守役。片付けに我が家の愛犬ソルティの餌やりも済まし、やることが無くなった私は読書をした。速読は可能だが、あえて一ページずつ読むことにしている。そうすることにより、物語上の人物の心理、本を書いた筆者の気持ちなどをゆっくりと推測することができるからだ。
残り十ページ、犯人の動機には疑問を抱かざるを得ないが、主役の補完的説明台詞を読んで、何となく納得した。
おかしな話だ。機械であるはずの私が、「何となく」などという曖昧模糊な言葉に納得するとは。
わん、わん!
ソルティが散歩をしてくれて催促する。私は母上から自宅の鍵を預かっている。
「ロクちゃん。ソルティを散歩するときだけは、外出してもいいわよ」
母上はこう言っていた。私は思案した。ニュースなどを見ても、今の世の中は物騒。いくらこの辺一帯の治安が安定しているとはいえ、万が一という場合もある。しかし、ソルティと散歩をして、一人で歩く世界とはどのような感じものかという知的好奇心も湧いてくる。
二分思案したのち、結局、私はソルティの催促に応じることにした。
時期的にそんなに暑くないので、家中の窓を閉めても熱気が籠もることはないだろう。
念には念を入れて、火元などもチェックした。問題無し。
最後はしっかりと施錠。ドアが閉まったかどうか確認すると、地面に打ち込まれた太い釘に巻かれた綱を解き、私はソルティと外の世界へ出かけた。
外へ出ると、始めは隣人であるアリカ少女の母親が話しかけてきた。
「あら、あなたはイッキ君のメダロットで、名前は確か…」
「ロクショウと申します」
「そう、確かそんな名前だったわね。犬のお散歩、よね。どう見ても」
「はい。イッキの母上からは留守を頼まれましたが、ソルティが散歩を催促したら、そのときに限り外出をしてもよろしい許可を貰いましたので」
「ロクちゃんってば、作法がなっているわね。うちのアリカも見習って欲しいわ」
「では、甘酒さん。私はこれにて」
ロクショウは近所からロクちゃんの愛称で通っている。チドリが家でもロクショウのことをロクちゃんと呼び、ご近所さんたちにロクショウのことを話すときもロクちゃんと言っているので、この界隈でロクショウのことをロクショウと呼ぶのはイッキ、イッキパパ、アリカ、ブラスの四人しかいない。
親しみを込めての呼び名なので特に嫌とは思わないが、イッキと同じ小学生から「よっ! ロクちゃん」と小馬鹿にされたときは、さすがに溜め息をついてしまった。
呼び名を気に病んでも仕方ない。私はソルティを連れての外界を堪能することに気持ちを切り替えた。
国道に出て、信号に差し掛かる。赤ランプが点灯しているので、しばし待つ。車道側の信号が赤に切り替わる直前、一メートル離れた横に立つ者が歩き出した。安全と法規を考慮すれば、歩道の信号が青になってから渡るのが普通。
イッキにそのことを問うたが、イッキは無視するに限ると答えた。僕とロクショウが注意したところで、ああいう大人は無視するか、生意気なガキとガラクタだと逆切れする。この二つのパターンが専らであり、素直に聞く者は稀だと言う。
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