Re:16
血が熱いものだと、その時、初めて知った。
「え……?」
ピッ、と雫のようなものが頬にかかった。
何となしに触れて、それが血だということにユーフェミアは気付く。
「誰、の………?」
ぼんやりと自分の身体を見下ろしてみるも、身体はどこもなんともなかった。
なら―、と思って視線を前に戻せば、ぐらり、と傾く兄の姿が。
どさり、と音を立てて倒れて、そのまま動かない。
ゆっくりと広がる血の赤が、やけに目に痛かった。
最初に聞こえたのは、悲鳴か。怒声か。罵声か。
凶弾を放った男は、その銃を下ろすことなく構えている。その目には、自分が命を奪おうとしている皇女の姿しか映っていない。
先程、誰を撃ったのか理解していない。理解しようとしていない。ただ、ターゲットが生きているなら、もう一発撃つだけだと、男は引き金を引き絞る。
だが、その銃が撃たれることは叶わない。
身体が引き摺り倒される。数人のブリタニア軍人が、男の身体にのし掛かり、動きを封じる。
倒された衝撃で、男の手から銃が離れてしまった。身体も押さえつけられ、もう、男には皇女を殺めることは出来ない。
他者の体重で肺が締め付けられ、まともに息も出来ない。ぐ…、と呻き声を漏らしながらも、前を向いた男の視線の先にユーフェミアの姿が見えた。
血を浴びて、白桃のドレスが赤にまみれており、動揺が激しいのか、何処か不安定な雰囲気を醸して出しているが、怪我は見えなかった。
その事実に、ほんの少しだけ安堵した。
目蓋を下ろす。そこに、愛した家族の姿を思い浮かべようとしたが、思い出せたのは、あの日の家族の姿だけだった。
きっと、一緒の場所には自分は行けないだろうと思い、少しだけそのことを残念に思った。
罪人の行き先など決まっている。
ならば、悪人は悪人らしく。
「くたばれ。ブリタニア」
怨嗟を撒いて、地獄に落ちよう――――…
爆炎が吹き荒れた。
ユーフェミアを撃とうとして失敗し、ブリタニア軍人に押さえつけられていた日本人の男がその身体に巻き付けていた爆弾を作動させたのだ。
誰かの血と誰かの肉が、周囲に飛び散らかる。
それは突然の出来事に混乱していた人々に錯乱を生んだ。
水面に波紋が立ったように、それは一気に広がっていく。
そして、不幸なことに波紋は一つではなかった。
狂乱は続く。
「ブリタニアの皇族に死を!」
混乱する人ごみから抜け出てきた男が刃物を手にユーフェミアに向かっていく。
「ブリタニアに呪いあれ!」
また、別のところからも、凶器を手にした人間が。
次から次へと、何の罪もないユーフェミアを血に染めようと殺到する。
しかし、それを黙って見ている程、ブリタニア軍人は馬鹿ではない。
声を張り上げ、制止を促す。しかし、止まらない。なれば、強制的に止めねばならない。
軍人の機銃が火を吹いた。
ユーフェミアに殺到しようとしていた内の一人の身体に穴が開いた。致命傷である。即死してもおかしくない傷だった。
だが、そいつは止まらなかった。死を覚悟し、憎しみに支配された精神が肉体を僅かながら生に繋ぎ止めた。
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