彼は挑んだ、幻想に、そして――
京は迷っていた、セシリーを探すべきか、或はリースの呼び出しに応じるか。セシリーの居場所は依然として分からず、無暗に探した所で見つかるとは到底思えない。ならばリースの呼び出しに応じるべきか、しかし京の感情としてはセシリーを見捨てる様な真似は出来ない。
貴族地の噴水広場、アルデマ家に来る途中にある大きな広場だ。先日シーエスと外出した際にも通っていた為、京は場所を知っていた。噴水広場と言われているが、その実公園に近い、緑の植えられた広大な公園だ、昼間は人が多く喧騒に満ちているが夜は無人となる。
京は走りながら出来の悪い頭を懸命に働かせ、リースの元に向かうと決めた。
セシリーに仮に捕まっているとしても、リースは賊の雇い主である。ならば彼女と話せばセシリーを解放する事が出来るかもしれない。もし捕まっていないならば、それはそれで構わない、どちらにせよリースには聞きたい事が山ほどあった。
アルデマ家から噴水広場までは走って十分程か、しかし京の脚力と持久力を以てすれば半分に短縮可能だった。石畳の地面を蹴りながら加速し、一直線に広場を目指す。深夜の貴族地は恐ろしく静かで、人影は一つも見えない。等間隔に並んだ街灯が淡く道を照らすばかりで障害一つ無かった。
その中を京は疾走する、苦悩そのものを置き去りにする様に。
「っ!?」
広場が見えて来た頃、京はやけに広場が明るい事に気付いた。そして時折、何かが破裂する様な音、割れる音、燃える音が聞こえて来る。リースの魔法だ、京は瞬時に悟った。彼女が魔法を使っているという事は、誰かと戦っているという事。
京は更に速度を上げ、半ば弾丸の様に広場へと向かって駆けた。
「リースッ!」
広場に辿り着いた京は即座に大声を上げ、彼女の姿を探す。
果たしてそこで見た光景は――倒れ伏す『セシリー』と、その前に立つ『リース』であった。
「京……っ!」
噴水広場の中央、そこに横たわる主人、そして京を見つけたリースは満面の笑みを向ける。京は嬉しさと悲しさの掻き混ざった様な複雑な気持ちを抱いた、これがもし日常の中の一コマであったならば、京とて笑顔で再会を喜べたのだろう。
広場は無数の焦げ跡に破砕された石畳が散乱し、酷い有様だった。
「リース、その人は――」
「ん……あぁ、これ」
リースは京に微笑んだまま、自分の足元に転がるセシリーを軽く爪先で蹴飛ばす。セシリーがそれで何らかの反応を返す事は無く、完全に気を失っている事が分かった。
彼女が身に纏っているのは普段のドレスでは無く、何か白いウエットスーツの様なモノだ。尤も度重なる攻撃に表面は黒ずみ、所々痛んでしまっているが。
「京を身請けした貴族、セシリー、私に挑んで敗北した、それだけ」
「それだけって……」
京はリースを一瞥し、それからセシリーの元に駆け寄った。仰向けに転がし、口元に手を当てれば僅かに息が当たる。良かった、死んではいない。京は安堵に胸を撫で下ろしたが、その視界にリースの手が差し出された。
「京、早く行こう、他の連中が来る前に」
「………」
京は差し出された手を見つめたまま、顔を顰めた。リースは何故京がそんな顔をするのか分からず、「どうしたの……?」と小さな声で問いかける。まさか手を取らない筈が無い、リースはそう思っていた、信じていた。しかし彼は一向にリースの手を取ろうとはしなかった。
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