リースと共に end
さて、どこから語れば良いだろうか。
藤堂京太郎として生き、その次に京として生きた記録。リースとセシリーの戦い、その後の話、その顛末。
簡潔に言ってしまえば、エンヴィ・キョウ=ライバットという男は死んだ。
それは肉体的な意味では無く、社会的な意味で――だが。
京は確かにあの時、リースに敗れた瞬間、死を覚悟した。彼女が自分を殺すなどとは微塵も思っていなかったが、それ程に京の体は重傷を負っていた。しかし、マジカル亜人パワーとは良く言ったもので、リースの魔法によって瀕死の重傷を負っていた京も簡単に回復した。
残念な事に失った左腕は元に戻らなかったが、それはリースの魔法で代替品を使用している。魔力で作り出した義手という奴である、青白い光に包まれた不思議な腕であるが長袖を着用していれば分からない。全く魔法サマサマだ。
結局これまでの騒動は、全て不幸な勘違いであった。
どうにも、リースは京が悪徳貴族に身請けされたと勘違いし、激怒して特攻を仕掛けてしまったらしい。そこに至る理由としては、まずオーナーが彼女に事情を説明せず、一方的に彼女が地下闘技場を出てしまったという背景があった。京はその後にリースに宛てて手紙を送っていたのだが、本人が地下闘技場に居ないならば意味は無く……。
結局勘違いは解消される事無く、そのまま賊を雇って粉砕特攻という流れらしい。
京としては「嘘やろ」と言いたい真実であった。
何故リースがこんな真似をしたのか分からなかった京だが、その話を聞いて納得した。もし京が逆の立場で、リースが悪徳貴族に身請けされたと知ったら是が非でも助けに行く。貴族の事は問答無用で殴ると思うし、慈悲は無い。尤もその悪徳貴族というのが間違いだったのだが、しかし先入観だけで良くもこれだけ動けたものだと感心する。
つまりリースはセシリーの事を、その「悪徳貴族」だと思い込んでおり、故にあれ程の敵意を向けていたのだ。リースからしてみれば、自分は洗脳された奴隷と言った所か。リース曰く、「セシリーに一目惚れでもしたのかと思った」との事だが別段セシリーに大して恋慕の感情は抱いていない。
無論嫌いと言う訳ではない、寧ろ好きな部類だ。しかしそれが男女のソレであるかと聞かれれば京は首を横に振った。
結局のところ、どうなったかと言えば――リースと京は国内を脱し、大陸の向こう側へと逃げ出した。
勘違いだとしてもリースがアルデマ家に賊を仕向けたのは間違いなく、セシリーと対峙していたという点から既に彼女の顔は割れているだろう。今頃出頭したところで判決は死罪を免れない、この世界に無期懲役などという慈悲は存在せず、金か死か、それだけがある。尚、支払えない場合は被害者が加害者の処遇を決める、あのセシリーの言動からしてリースは十中八九死罪となるだろう、それだけは避けたかった。
その結果、京とリースは社会的に死亡した。
つまり名前を捨てたのである。
リースと京という名前は呼び合う時こそそのままであるが、大陸を渡ってからは『ケイネ』と『リーン』と他人には名乗っていた。万が一追手が来ても、自分達を探せない様に。
京は名前を捨てる際、アルデマ家とオーナーに対して多大な苦悩を抱いたが、彼らとリースを比較しては重みが違った。確かに世話になった、待遇も良かった、しかしその場に帰る条件がリースの命では考える余地もない。軽薄と罵られるだろうか? しかし、それでも京にとってリースと言う少女の命は大切だった。
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