09話 スギ
豚男は足元に注意を払う事もなく、そのままボクめがけて突進を続ける。
かかった。
豚男が粘着性のある雑草に足をとらえ、転倒する。
即座に揮発成分が発せられ、それを命令として受信したギロチンのような葉が明確な攻撃意思を発する。
鋭利な葉が振り落とされ、その首を刈り取ろうとする。その寸前、豚男は叫び声をあげた。
身の毛がよだつような咆哮。
同時に豚男は粘着性のある葉を根からひきちぎって立ち上がる。
そこにギロチンが振り下ろされ、豚男の肩口に大きく食い込んだ。
傷口から血が噴出する。
しかし、豚男は止まらない。
ぶちぶち、と嫌な音が響いた。
豚男が表皮を引き千切ながら、粘着性の雑草を超えてボク目掛けて動く。
赤い鮮血をまき散らす豚男が肉薄する。
考えるよりも先に身体が動いた。
咄嗟にナイフを取り出し、その刃を豚男の頭部に向かって突き刺す。
嫌な手応え。
豚男の悲鳴じみた咆哮。
頭の中は、恐ろしいほど冷めていた。
痛みは、感じられない。
植物の葉をちぎった時と同じように、目の前の生物からは痛みが感じられない。
ボクの感応能力は、この生物の苦痛を拾わない。
ナイフを引き抜き、防御態勢に移った豚男の腕をナイフで切り裂く。
赤い血が目の前を舞った。
血が赤い。
人と同じように赤血球があるのだろうか、なんてどうでも良い事を考えられる程に、ボクは冷静さを保っていた。
豚男が頭部を抑え、苦痛に喘ぎながら後退する。
ボクは前方に体重を乗せ、更なる追撃に向かった。
豚男は最早、戦闘継続能力を喪失している。
頭部を突き刺された事により、強く動揺して戦闘意思を完全に失った。
理性では、豚男の心の動きが手に取るようにわかる。
しかし、植物が発するような警戒の感情のようなものなものはダイレクトに感じない。
それはまるで映画の向こうの登場人物を見るかのようで、ボクの心は動かない。
上半身は豚男の腕によるガードがあるため、深く傷つけられない。
懐に飛び込み、相手の股間に向けて右足を振り上げる。
よろめく豚男。
打撃は有効と判断する。
隙が大きくなったところに回し蹴りを叩き込む。
そのまま振り抜いた右足に体重を乗せ、豚男との距離を一気に詰める。
喉が、見えた。
上半身のガードが一時的になくなっている。
ボクは躊躇なくナイフで豚男の喉を切り裂いた。
噴水のように血が飛び出した。スギ花粉のようだと思った。
豚男の身体が崩れ落ち、その命の終わりを告げる。
ボクは荒い息を吐きながら、目の前の豚男の亡骸を見下ろした。
それから、自分の手を見る。
血だらけだった。
洗い落とさないといけない。水は貴重なのに。
息を整えようと深呼吸する。
安堵感があった。
人型の生物をこの手で殺してしまったのに、罪悪感は沸かない。
ボクの心は動かない。
心の水面は波立つ事もなく、鏡面のような静けさを維持している。
周囲には葉擦れの音が、静かに木霊していた。
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