ハーメルン
樹界の王
14話 ガイロジュ

 幼い頃のボクにとって、人の世界はとても残酷なものだった。
 機械的に、等間隔に植えられた街路樹。
 それを見てしまったボクは隣を歩く父の手を強く握って、助けを求めるように父の顔を仰いだ。
「お父さん。どうして、樹を磔にするの。あの樹、苦しんでる」
 街路樹たちは通りに面した建築物から逃れ、太陽の光を浴びようと車道側へと傾いていた。
 しかし、その傾きに耐える為に本来伸ばすべき根が狭い植桝によって阻まれ、その樹体は大きな負担を受け、悲鳴をあげていた。
 それはまるで、拷問のようだった。
「何故、と言われると中々答えられないけど、強いて言えば景観がいいからだよ」
 父は少し考えてから、そう言った。
 景観が、いい。
 その意味が、ボクにはわからなかった。
「ケイカン?」
「景色だよ。ああいう自然があれば、綺麗に見える。だから、ああやって車道の横に植えるんだ」
 ボクは、立ち並ぶ街路樹を呆然と見つめなおした。
 自然など、どこにもなかった。
 均等に並んだ街路樹は、全てが同じ個体であるように均一な姿に揃えられている。
 かなりの傷が樹体に見られ、人工的に成長を抑制されているのだとわかった。
 根そのものも大きなダメージを負っているに違いない。
 健康的な状態ではなく、その樹木が成長できる環境ではなかった。
「お父さん、だって、あんなに、あの樹たちは苦しんでる。それを綺麗だと思うなんて、おかしい」
 父はボクをじっと見下ろした。探るような目だった。
「カナメ、植物に心はない。苦しい、と感じる知能は存在しない」
 どこか突き放すように、父は言った。
 この時の父は、まだボクの感応能力を空想の類だと解釈し、信じていなかった。
「……でも、ボクには苦しそうに見える。悲鳴はあげないし、泣いたりはしないけど、落ち着きが無い。生きる道を必死に探してる。体力も相当落ちて、もう、長く生きられない状態になってる。それは多分、苦しい事だと思う」
 父はじっとボクを見つめた後、ふう、と小さく息をついた。
 それから父はしゃがみこんで、ボクの頭をくしゃりと撫でた。
「カナメは随分と面白い言い回しをする。本当に植物の心が見えているんじゃないか、と思う時があるほどだ」
 なあ、と父はボクと同じ目線で、正面からボクを見つめた。
「カナメは、あの街路樹を助けたいと思うか。あれを植えた人間は、悪だと思うか」
 父の目があまりにも真剣だった為、ボクは慎重に言葉を選んだ。
「……ううん。だって、弱肉強食だから。強い種族が、弱い種族を支配する。それは、自然な事だと思うから。でも、磔にした樹を見て、景色がいい、と思う事はおかしいよ」
 ボクの言葉に、父は微笑んだ。
「カナメは評価と感情を区別する事ができているようだな。良いことだ。でも、そう思わない人も、いっぱいいるんだ」
 そして、父は立ち上がって、街路樹を見つめる。
「あの街路樹は、苦しそうに見えるかもしれない。実際、生存に適した環境ではなく、劣悪な生育環境だと私も思う。でも、植物は悲しいとか、苦しい、とは感じない。彼らは人とは違う理屈で生きていきて、私達と同じような感情を持つことはない、いいかい、カナメ、ここを間違えれば、植物の政治的利用というものが始まるんだ」
「政治利用?」
 唐突な話題に、ボクは首を傾げていた。

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