ハーメルン
樹界の王
14話 ガイロジュ

 父はどこか馬鹿馬鹿しいような笑みを浮かべて、自虐的に笑った。
「植物にクラシック音楽を聞かせればよく育つ、といった話を聞いたことがないか?」
 似たような話はいくつか聞いたことがあった。
 ボクが頷くと、父は疲れた笑みを浮かべた。
「古今東西に似た話が転がっている。クラシックは善で、ロックが悪だとか、そういう時代があったんだ。あのダーウィンも、植物と音楽の関係について調査したことがあった。最もダーウィンは後にそれをまぬけな実験と呼称しているが、そうではない人間も多くいた。つまり、クラシックの優位性を植物を以って証明しようという人間が数えきれない程いた。そうした方が都合がいいんだ。いい音楽、悪い音楽。それを科学的権威によって正当化しようという動きがあって、植物はその流れに飲み込まれた。杜撰な実験環境、方法、計画。そして、他の研究室での再現性のない科学的欠陥を持った実験だったが、そうした一連の動きが大衆に植物がまるで音楽を解する、という間違った理解を与えてしまった」
 父はそこで息をついて、コンクリートの間から生える雑草を見つめた。
「植物は身近な生物だ。しかし、主体的に意見を発する事がない。だからこそ、私達は勝手に植物の代弁をしてしまう傾向がある。水やりをした後に気持ちよさそうだね、と話しかけてしまうのは、その人間の価値観を反映したものだ。植物の価値観は反映されていない。暖かい太陽の下にいる植物を気持ちよさそうだと感じても、実際は二酸化炭素の不足から太陽光を有効活用できず、その紫外線によって身を危険に晒しているところかもしれない。私達の代弁というものは、往々にして植物の意思と無関係なところから発生し、植物の真意を無視してしまう。私達が持つ共感能力や感情移入は人間に合わせたものであって、その共感能力の対象として植物は適さないからだ」
 ボクは父の言葉を何とか理解しようと、じっと聞いていた。
「カナメは学者になりたい、と以前に言っていたね。それならば、これだけは覚えておいて欲しい。カナメが植物と近しい立場になればなるほど、奇妙な連中が近づいてくる事になるだろう。植物の価値観を無視し、それを自らの政治的価値観の為に利用しようとする連中だ。だから、これだけは覚えておくべきだ。植物は人による干渉を求めていない。人は生存率に影響を与える外的要因の一つでしかなく、そこにイデオロギーは存在しえない。善も悪も、人の持つ評価基準でしかない。そこを間違ってしまってはいけない。いいね。カナメ。思いやりとは、相手を理解するところから始まるんだ。理解した風に安易に擬人化すれば、目が曇ってしまう。それ以上の理解を妨げてしまう。ありのままの植物を受け入れなさい」




 目が覚める。
 勢い良く身を起こすと、森の香りが鼻腔をくすぐった。
 辺りはまだ薄暗い。
 隣には、目を閉じたまま動かないラウネシアの姿があった。
 軍蟲の迎撃後、ここまで戻ってきてラウネシアから果実をもらい、そのまま眠った事を思い出す。
 ボクはラウネシアの樹体に背中を預けて、小さく息をついた。
 まだ父が元気だった時の夢。
 懐かしい、と思った。
 あの時の言葉が、ボクと植物の関係を決定づけたと言っても良かった。あの時の父の言葉があったから、ボクは植物に対する理解を更に深める事ができた。
 感応能力による植物の感情というものが一種の擬似的な物であることに気づいて、不必要な対話を行う事もなくなった。

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