ハーメルン
魔王な嫁が世界を滅ぼす三秒前
到着の一時間前

「お待たせしました、行きましょうか」

「ええ」

 用意しておいた魔車に乗り込み、ゆらりゆらりとマクロニアまでの旅が始まった。私たちの住む城はそこそこ辺鄙な土地に建造されているので、魔法の加護を得たエコで低燃費な高速車――魔車を活用しても、一時間ほどかかる。魔車の中は空間拡張の術式のおかげでゆったり広々としているので、その間のんびりとした旅を楽しむことが出来る。

「よくお似合いですわ、その格好」

 小さなテーブル越しに向かい合ったルシファルさんが、私の服を見ながら言った。

「馬子にも衣装、ですよ」

 フカフカのシートの感触を楽しみながら、私は答える。

「まあ、まだ孫どころか子供もいないのに……♪」

「ダイナミックに勘違いしてる!?」

 何を想像したのか、「きゃー♪」と黄色い声を上げて妄想に耽ける彼女に、思わず頭を抱えた。下手に謙遜するのってよくないよな、という一つの教訓を得てしまったかもしれない。

「――こほん、お褒めいただきありがとうございます。ちょっと格好つけ過ぎたかな、とも思ったのですが」

「そんなことないわ、よくお似合いよ?」

 美麗なドレスに並び立つならこれしかないだろう、と押し入れから引っ張り出してきたのがこのタキシードだ。試着はしたことがあったが、しっかり袖を通したのは今日が初である。二年も経ってるから着れなくなっているかも、と不安だったが、私の体は悲しいくらいに成長していなかった。

「少しぎこちない所作とかが、とても可愛らしいわ」

「いや可愛さじゃなくてカッコ良さを見てくださいよ!?」

「うーん……」

「難しい顔しないでください、悲しくなるので」

 困ったようにルシファルが笑う。そんなに男らしくないのか、私は。

「大丈夫、貴方はしっかりかわ……かっこいいわ」

「言いかけてましたよね、喉から少し顔を出してましたよね!?」

 はあ、と小さく溜息を吐く。すると彼女が慌てたように、「そんなに心配なさらずとも、貴方は文句なしにかっこいいわよ」とフォローを入れてくれた。

「お世辞なら大丈夫ですよ。貴方に釣り合うようにと背伸びしてしまいましたが、若輩者にはまだ早かったみたいですね」

「あら、そんなことを気にしていたの? それなら大丈夫よ」

 ルシファルは私の隣に擦り寄り、そっと耳元で囁いた。

「貴方は私の伴侶に相応しき、立派な佇まいをしていますわ」

「……ありがとうございます」

「フフフ」

 そう褒めて頂いたあとでポンポン、と頭を撫でられるのは些か喜んでいいのか悪いのか判別がつけづらかったが、まあそんなこんなで一時間経ち、魔車は動きを止めた。どうやら目的地に着いたようである。

「ありがとうグレラくん、帰りそうになったら連絡するわ。はいこれチップ」

「え、マジすか!? あざっす! ラッキー!! 逢引楽しんできてくださいね!」

 言い方に何となく感じるものがないでもなかったが、貰ったチップを片手に飛び跳ねながら、グレラくんは人混みの中に駆け出していった。

「あの運転手、知り合いなの?」

「ええ。覚えてません? この前ルシファルさんがキレた時にいた、あの若い官僚の子」

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