鷲尾 須美は勇者である ー 8 ー
同じ近接型として速度は新士に劣るが、タフさでは自分に分があると銀は思っている。なら、ここは自分が敵を引き付けるべきだと彼女は考えた。
「銀ちゃん」
「ん?」
「2人を頼むよ。自分がアイツらを引き付けるからねぇ」
「なっ!? あたしの方が防御力があるから、引き付けるのはあたしが」
3人を守るように前に出た新士の言葉に銀は反論する。だが、それは直ぐに遮られた。
「銀!!」
ビクッ!! と銀は肩を跳ねさせる。新士に呼び捨てにされたのも、大声で怒鳴られるのも初めてのことだった。そこに感じたのは、まるで悪いことをして親に怒られた時のような恐怖だった。
「……頼むよ。君の斧ならいざというときに盾に出来る。自分じゃ、守り切れないんだ」
新士は振り返りながら、今度は悔しげな声で諭すように言った。そう言われては銀も返す言葉がない。彼の速度も、2人を抱えていては十全に出せない。もし攻撃されてしまえば、避けきれるか分からない。その点銀なら、例え避けられずとも斧を盾に出来る。それだけの大きさがある。
新士を……誰かを1人残すのは、銀にとって自分が1人残るよりも怖かった。しかも相手は3体も居るのだ、無事で居られる保証なんてどこにもない。むしろ……それでも、悩んでる時間すら惜しい。だから銀は、頷いた。
「……ありがとう。怒鳴ってごめんねぇ」
銀はポン、と頭に手を置かれ、撫でられた。そこにある愛おしいという感情と、新士の良い子だと小さな子供を褒めるような笑顔を見て……言葉を聞いた銀の背筋が凍った。それがまるで、今生の別れのように思えたから。
「っ……直ぐ、戻るから。2人を安全な場所に連れていったら、直ぐに戻るから! 死んだら、許さないからな!!」
それだけ言って、銀は2人を抱えて走り出す。サジタリウスが銀の方を向き、下の顔の口が開く。その瞬間、ガガガガッ!! と音が響き渡り、サジタリウスの体に4つの小さな穴が空き、体が傾いて行動を中断。その間に銀は大橋から飛び降り、勇者の身体能力をフルに使って問題なく着地すると、そのまま樹海の中を走って離れていく。
新士は銀の言葉に小さく笑みを浮かべ、体勢を低くして両腕を広げ、1メートル程に爪を伸ばし、視線は3体の敵へと向ける。3体もその体を新士へと向けた。
「さて……あの子達を傷付けた責任を取ってもらわないとねぇ……!!」
その言葉と共に憤怒の表情を浮かべ、新士は走る。今まで守ることに割いていた分の力を、全て敵を倒すことへと注ぐ。
今、彼の孤独な戦いが始まった。
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