11 洋裁屋の悩み
──洋裁屋として生きることを決めてから早二か月。
こっちからお客を呼び込むことはしていないのだから当然依頼はない。
だが、服の収納場所があることで私は以前よりも服を作る意欲が湧いていた。そのおかげか、ここ一か月で完成させたのは十着以上。
一日十時間以上も作業をしていればそんな数にもなる。
張さんが二週間に一回くらいの頻度で来るのだが、「あまり無理するなよ」と言われてしまった。
私よりも、マフィアのボスである彼がこの頻度でここへ来ることのほうがおかしい気がする。
意外と暇なのかもしれない、なんてこと口が裂けても言えないが。
ふと時計に目をやれば、午後十二時半を指していた。
昼食を食べようと作業を中断し、腰を上げた。その時に、放ってはおけないものを見つけてしまった。
「……」
──いつの間にこんなことになったのか。
なんと、作業着である黒いTシャツの裾に穴が空いていた。
一番着替えやすかったためお気に入りだった。
だが、こうなってしまったものはしょうがないので久々に自分が着る用の服を作ろう。たまには、自分が作ったものがどんな着心地なのか自身で確かめるのも必要だ。
服を脱ごうとしたその瞬間、ドアからノック音と共に聞きなれた声が飛んでくる。
「俺だ。開けてくれるか?」
「すみません、少しだけ待ってください」
私は慌てて自室に戻り、替えの服に着替えた。
穴が空いたTシャツでパトロンを迎えるのは失礼すぎる。
「──いつもならすぐドアを開けるのに今日はなんだか騒がしかったな。……もしかしてお着替え中だったか」
「ニヤニヤしながらそういうこと言うと変態に見えますよ張さん」
「すまんすまん」
私の言葉を本気で受け取ってないのか、張さんは相変わらずニヤニヤしている。
何度か会っているおかげで、彼とは最初に会った時より気楽に会話を繰り広げられていると思う。
白いマグカップに淹れたてのにコーヒーを注ぎ、目の前で優雅に足を組んでいる彼に手渡す。
「今もお前の服が欲しいと頼むやつはいないのか?」
「相変わらずですね」
「ま、だろうな。だが、作りたいときに作ればいいとは言ったが、このままだとただ服が溜まるだけだぞ。折角いい腕持ってんだ。使えるときに使っとかないと損だと思うがね」
「……やっぱりそうですよね」
私がこうして服造りに専念できるのは、紛れもなく張さんのおかげだ。
このまま自分のやりたいようにやるだけでは申し訳なく思ってしまう。
だが、金のために服を作るようなことはしたくない。
「……あの張さん」
「ん?」
「私は金のために服を作ることはしたくないと、以前言いました」
「ああ」
「ですが、このままではダメな気もしています。ここまでしてもらって、ただ自分のやりたいようにやるだけというのは何か……その」
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