12 採寸
唐突の言葉に、どう返答しようか迷ってしまう。
「……すごいいきなりですね」
「まあ聞いてくれ。さっきも言ったが、その腕は使えるときに使わないと損だ。だが、使うタイミングがなきゃ意味がない。──そこで、だ。俺がお前の仕立てた服を着てこの街を出歩けば、少しは宣伝になるだろう」
確かにマフィアのボスは歩いているだけでも存在感は凄まじいとは思うが、この街じゃたかが服だ。
服に興味を持つ人なんかいるのだろうか。
「そう上手くいくものでしょうか」
「普通の腕前ならな。だがお前は一流だ。マフィアのボスが着るに相応しい服を作るのは、大得意なんじゃないか?」
マフィアのボスの服なんて作ったことないんですが。
出かかった言葉を飲み込み、話の内容を整理する。
「つまり、『人の目を引くあなたの存在感に負けない服を作る』。そういうことですよね」
「ご名答」
存在感に負けない服を作るだけなら簡単だ。
派手な色を使ってごまかせばなんとかなる。
だが、そういう訳にはいかない。なんせ着る人がマフィアのボス。
この人の存在感をより良く引き立たせるものがいいはずだ。
これは、相当難しい。
「──分かりました」
だからこそ、この案件はやりがいがある。
難しいからといってやめるなんて、それこそ洋裁屋として名折れだろう。
それに、
「ぜひ、私にあなたの服を作らせてください」
「お前ならそう言ってくれると思ってたぞ」
『この人のためなら服を作ってもいい』と思えたから。
「──それで、どんな服をご希望ですか」
「いや、だから俺に似合う服」
「そうではなく、私が聞いているのは服の種類です。ジャケットとかズボンとか……なにか欲しい服はありますか」
「特にないな」
「……」
分かってはいたが、やはりそうか。
この人がスーツ以外を着てるところなんて見たことない。
恐らく、そこまで服に拘りがないのだろう。
「……とりあえず採寸だけさせてください。サイズが分かれば色々作れるので」
「ああ」
「コートとジャケットお預かりしますね」
受け取ったそれは、意外とずっしりくる重さだった。
これは着ているだけで疲れそうだ。
ロングコートに至ってはところどころ褪せている。
一体いつから着ているのだろうか。
「張さん、このスーツとコートっていつ購入されたものですか?」
「二年以上は経っていると思うが」
服は定期的に手入れをしていなければ、段々と色褪せていく。
そうなると買い替える人もいるのだが、自分が着慣れた服は手放しがたくなるものだ。
作業台の上にある小棚からメジャー、メモ、ペンを取り出す。
「細かく採寸するので不快になるかと思いますが、少しだけ我慢してくださると助かります」
「シャツは脱がなくていいのか」
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