13 最高の服を貴方に
──朝食を摂った後、新しく作った灰色のノーカラーシャツと、紺のイージーパンツに着替え作業場に入る。
作るものは、久々に人から頼まれたもの。
あの人が気を使ってわざわざ私に提案してくれた。
だから、私が持てるすべての技術を使ってあの人に似合う最高の服を作る。
贈る服と素材は決めてあるのだが、あとはどんな形にするのか決めなくてならない。
彼に贈ろうと思っているのは一式物ともう一つ。
昼食を摂る間も惜しむような生活を送り一か月が経ち、その一式物がやっと完成した。
時間がかかっている理由は、いつもより慎重なのとズボンやトップスなど複数の服を作っているからでもあるのだ。
これから作るもう一つの服が、あの人を引き立たせる決め手となる。
そのため、より一層拘りをもって製作に取り掛からなければ。
──ただ単に忙しくなったからか、あれから張さんは一回も来ていない。
一度連絡したほうがいいのだろうか。
いやでも、完成したら連絡すると言ったし……。
ふと考えていると、作業台の上に置いていた携帯が鳴る。
ロアナプラに来てから一度も使ったことのない携帯が久々に役割を果たしている。
『ようキキョウ、久しぶりだな。どうだ、作業の進み具合は?』
通話ボタンを押して聞こえてきたのは、彼の低い声。
「お久しぶりです張さん。お待たせしてしまいすみません。ですが、あともうひと踏ん張りってところです」
『そうか、ならよかった。てっきり忘れられてるのかと思ったよ』
「相変わらず冗談が好きですね、お元気そうで何よりです」
『冷たいな』
「こっちは必死に作ってるんです」
『悪かった悪かった。……ったく、最近は忙しくて暇がない。今は貴重な休憩時間を満喫してるよ』
「そうだったんですね。本当にすみません、お待たせしてしまい」
『お前が時間かかってるってことは、相当良いもの作ってくれてるんだろ? なら文句はないさ』
取引相手として信頼されているかは別の話ではあるが、この人は、本当に私の洋裁屋としての腕は信じてくれている。
だから、製作により慎重になってしまう。──が、その時間がとてつもなく楽しい。
本当に、自分には洋裁しかないのだと心の底から思う
そして、この機会を与えてくれたこの人に感謝せずにはいられない。
「張さん」
『ん?』
「完成、楽しみにしててくださいね」
『……ああ、とても心待ちにしているよ』
「近いうちにこちらから連絡差し上げるかと思いますので」
『分かった。……ではキキョウ、いい夢を』
「はい、貴方も」
彼が電話を切ったことを確認すると、耳から携帯を離す。
──作業を切り上げ、シャワーを浴び、夜ご飯を摂り、ビールを飲んで床に就く。
ベッドに寝転びながら明日からの作業に思いを馳せて、目を瞑った。
[9]前話 [1]次話 最初 最後 [5]目次 [3]栞
現在:1/1
[6]トップ/[8]マイページ
小説検索/ランキング
利用規約/FAQ/運営情報
取扱説明書/プライバシーポリシー
※下部メニューはPC版へのリンク