ハーメルン
鉄屑人形 スクラップドール

 道中、彼女の名を聞いた。女性の名は蓮華と云うらしい。
 彼女が向かったのは基地の屋上であった。錆びたフェンスが周囲を囲み、海を高所から一望出来る唯一の場所。普段は余り使われない、清掃も行き届いているとは言えず外周の溝や壁は薄汚れている。蓮華は屋上の中心に立ち、天音とナインは静かにその後に続いていた。強い風が頬を撫で、髪を弄ぶ。靡くそれを手で払い、蓮華は口を開いた。

「さて、此処ならば邪魔も入らないだろう……それで、何が知りたい?」
「私達の知らない全てを」

 空かさず告げたナインの言葉に、蓮華は薄っすらとした笑みを浮かべた。

「随分な傲慢だ、それとも機械人形なりの冗談か? 教えてやるとは言ったがそこまで譲歩してやるつもりはないぞ」
「……では、刑部さんの扱っていた、あの兵装について」
「ふん、VDSか」

 聞きなれない兵装だ、天音は眉を顰めながら「VDS……?」と言葉を舌の上で転がした。

「ヴァンガード・ディフェンシブ・システム、生身の人間が搭乗するASにのみ備え付けられたアンダー・コードだ、1990年に開発されて以降、旧履帯型、現在は四脚ASに搭載されている、コンセプトは『絶対的な先行防衛』――四脚が特別と云われる所以は是だ」

 初めて聞く話であった。ASにその様なシステムが搭載されているなど。ナインは【人間が搭乗する】という部分に顔を顰めた。

「……あの、感染体を一斉に押し潰した兵装が、それですか」
「押し潰した、か――貴様はあの兵装をどう見る? ナイン」

 問われたナインは押し黙り、やや間を空けて答えた。

「刑部さんのASは兵装展開時、グラビティストライクと呼称していました、つまり重力――局所的な、重力の……増幅? 或いは操作、でしょうか?」

 口にしながら、しかし己でも信じられないのだろう。その口ぶりは弱弱しく、どこか懐疑的であった。しかしその回答を予想していたのか、蓮華は笑う事も馬鹿にする事もなく、真正面から頷いて見せる。

「重力操作か――そうだな、傍から見ればそうなるか、事実是は『超広範囲殲滅重力制御兵装』と呼ばれている、正式名称はGS射出力場生成装置だ」
「GS射出力場、生成装置? VDS、とは違うの?」
「GSはVDSを発動して初めて扱える兵装となる、二つで一つ、と言うべきか」

 蓮華はそこで一度言葉を切り――それからナインと天音を見た。

「だが、別段貴様達が知りたいのはこのGS力場生成装置やVDSの事ではあるまい? これを使った刑部がどうなるか……知りたいのは、そこだろう」
「っ――!」

 その通りだ、ナインと天音は内心で同意し目付きを鋭くした。蓮華はそんな二人の表情を感情の読めない瞳で見つめながら淡々と口を開く。

「核が放射能汚染を撒き散らす様に、強大な兵器には副作用が付き物だ、真にクリーンな兵器など存在しない、たとえ環境を汚染せずとも使用者は汚染される、この世はそんなものばかりだ」
「……あれを使用すると、刑部さんはどうなるのですか?」

 ナインの言葉は重々しく屋上に響いた。蓮華は答えず、静かに目線を虚空に逸らす。それからフェンスの方へと歩き出し、錆びた網目に指先を引っ掛けながら告げた。

「まず前提として、ASにはBT接続が必要だ、改造手術を受けた吾々はASを脳で操作する、まるで手足の延長線上の様に、脊椎接続を通してな、しかし長時間のAS操縦は『脳過負荷』を起こす……訓練で一度は体験しただろう? 凡そ二時間から三時間、連続したASの稼働による疲労現象だ」

[9]前話 [1]次 最初 最後 [5]目次 [3]栞
現在:1/8

[6]トップ/[8]マイページ
小説検索/ランキング
利用規約/FAQ/運営情報
取扱説明書/プライバシーポリシー
※下部メニューはPC版へのリンク
携帯アクセス解析