深海天音にとって、男と云うのは良く分からない生き物だ。
貧困街出身で人類生存圏の最も外側に住居を構えている天音にとって、人類生存圏の内側に集められているという【男性】という生き物は、電子情報でのみ目にする様な存在だった。
男性がその数を大きく減らしてから生まれた人類も少なくない。天音もその内のひとりだ、母が健康に生きていた時代はまだ男性不足が叫ばれる程ではなかった。本土も残っていたし、こんなウォーターフロントなどという場所に押し込まれる事もなかったのだから。
天音の父は第二次徴兵令によって戦場に向かったらしい。その後は語る必要もない、家には天音と母、そして未だ成人していない妹が二人。つまりは、そういう事だ。
元々、徴兵によって兵役に就いた者の家族は内側に住まわせる予定であったと聞く。第二次派兵隊として戦場に向かった父を見送った時は、天音も内側の人間だった。
けれど徴兵は続いた。続いてしまった。そして気付いた時、家族を失った人々は内側から溢れていた。
特別は、特別でなくなったのだ。
日雇いの仕事では食事だけでも精一杯だった。外側に配給される物資は少ない、とてもじゃないが家族四人が食べていける量ではない。何より、母は父を喪ってからというもの床に寝たきりとなり病に罹った。ただその日を生き延びるだけでも少なくない金が掛かる。内側の質の良い薬は、高い。
選択肢はなかった。天音は家族の安全と金銭の為に改造手術を受けた。
AS乗りになれば【配給優先権】が貰える。
家族は内側の住民に戻れるし、給金も良い。楽をさせてあげられる筈だと。逆関節型ASに高い適正と、またフロート型ASにも僅かながら適性を持つと聞いた時から天音は手術を受けると決めていた。そして見事適性を獲得し、AS乗りとして地獄の様な訓練に耐え、最終試験まで漕ぎ付けた。
これに合格すれば、自分は正式なAS乗りとして認められる。
家族は内側に綺麗な宿舎を手に入れ、豪華でなくとも人並みの食事にあり付けるだろう。給金だって驚く程高い、妹達に新しい服を買ってやれる、玩具だって、新しい給金なら買ってやれる余裕がある。今まで不自由させてきたのだ。
それに、母の病気だって治るかもしれない。
だから天音は決して失敗出来ないのだ。
最終試験に是が非でも受からねばならないのだ。
――その、筈なのだが。
天音は前を駆ける男を見た。
黒髪に中肉中背、タイトな強化服に浮かび上がったそれなりに鍛えられた肉体。顔立ちは――比較対象が居ないので何とも評価し難いが、少なくとも天音は好きだった。
藤堂刑部――名前だけは知っている。
最終試験は訓練を終えた訓練兵三名、それに加えて監督官一名で実施される。訓練兵の詳細は伏せられ、実際に顔を合わせたのは今日が初めてだ。
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