提督来りて
訓練所の前に停まった黒塗りの車から、体格のいい男性が降りてくる。男性はゆったりとした動作で入り口に立ち敬礼する私と暁教官長に歩み寄って来た。顔に刻まれた皺は苦労のためか、年不相応に深い。かなりの年配なのかと思っていたが、実年齢はお爺さんと呼んでいいのか微妙なラインだった。テレビで見た時に貫禄のある体型だと思ったが、間近で見ると見事な筋肉量であると分かる。かなり鍛えているのだろう、動きに余裕こそあれ緩慢という印象はない。威圧感はさほどないのだが、堂々たる威厳に満ちている。
楽にしてくれと言われ、敬礼を崩す。暁教官長は緊張した様子で何度も瞬きをしている。男性がこちらに目を向け、ふむと一度頷いた。
「君が吹雪くんだね?」
「はい! 駆逐艦吹雪の艤装を預からせて頂いております」
男性はふふと笑う。威厳は残っているが、雰囲気がかなり柔らかくなった。相当に対人慣れしている。
「そうかしこまらなくていい、君は自衛隊の所属ではないのだからね。今日、私はただの教師役としてここに来ているのだし、自衛隊のお偉いさんだとは思わなくていいよ」
「でしたら、これは今日に至るまで国を守って来られた先達に対する敬意であるとお思いください」
無茶苦茶言うんじゃねぇよ、と思いながら言葉を返す。そもそも敬意を持ってる事自体は本当の事である。目の前の男性は深海棲艦到来から今現在に至るまで司令官として戦い続け、十二人しか居ない艦娘戦闘艦隊に一人の死者も出さずに近海を奪い返した生きる伝説なのだ。尊敬とか感謝とかそんなのしか出て来ないのである。
本当に、なんでわざわざこんな所までおいで下さったんだこの提督……いや私の訓練のためなんだけどさ。
私の本日のメニューは提督としての能力獲得訓練である、と聞かされ、私は一人だけ演習から外された事を納得した。無効化能力を貫通する能力が暴発でもしようものなら下手したら死ぬもんな、そりゃそっちの訓練が先だわ。
本来であればもっと早くに訓練するべきだったらしいのだが、教師役の出来る人間が自衛隊に二人しか存在せず、その両名ともが多忙であり、第一訓練所の提督たちの教導と深海棲艦の攻撃が一段落するまでこちらに係う余裕が無かったのだそうだ。それがどうにかなってこちらへ来られると連絡が来たのが昨日の事で、演習開始の前日だったのはたまたまであるらしかった。
ちなみに教官達は私が自分に提督適性があると気付いている事は知っていたらしく、その辺りはさらっと流された。まぁ割と妖精さんと艤装付けないで話しているから今更である。
そういうわけで暁教官長と校門前で提督を待っていた訳だ。そしたら来たのが海上幕僚長である。私はてっきり妖精さん発見者の宮里提督の方が来るのかと思ってたんだけどなぁ。っていうか、暁教官長も一瞬固まってたから知らなかったなこれ。
提督と一緒に工廠へ向かう。暁教官長は他訓練生の指導に専念してくれていいと言われ演習の方へ向かったので、今は私と提督と無数の妖精さんしかこの場に居ない。
自分以外の素の状態で妖精さんが見える相手は初めてなので、私の妖精さんの扱いが正しいのかがどうかが今更ながら気になってくる。講義を聞いていると見放されたら日本が詰むレベルで重大な存在なんだけど、基本こいつらはゆるいのでぞんざいな扱いになりがちなんだよね。あ、提督も帽子に潜もうとした妖精さん摘まみ上げてるわ。いいんだあれで……
体育館という名の工廠には吹雪の艤装だけがぽつんと置かれ、中から大量の妖精さんが詰まっている気配がする。普段の倍は間違いなく入ってそうなんだけど、お前ら提督来たからって張り切ってるの? それでちゃんと動く?
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