ハーメルン
幼年期のはじまり
軈て月に至る貴方へ

「幾人かの狩人様から、教会の話を聞きました、神と、神の愛のお話――でも、創造主は創造物を愛するものでしょうか? 私は、貴方がた人に作られた人形です……けれど、貴方がたは私を愛しはしないでしょう? 逆であればわかります、私は、貴方を愛しています――創造主は、創造物をそう造るものでしょう……?」

 私はそう、狩人様に問いかけた。彼は血に塗れた衣服を乱雑に湧き水で洗いながら、ふと、その手を止め答えた。彼が私に目を向ける事は無かった。

 ――人形を愛する奇特な創造主が居たとしても、別段、おかしい事ではあるまい。

 そう言って彼は再び血を洗う作業に戻る。何故、あんな事を問いかけたのか今でも分からない。本当に、分からない。でも、勘違いだとしても嬉しかった。多分、これが『嬉しい』という感情なのだと思う。暖かで、どこかむず痒く、微睡む様な心地よさ。

 それはまるで、彼に『愛している』と言われたような気がしたから。

 ■

「……はッ」

 目が覚めた。一時、思考に没していたらしい。木椅子に腰かけ、ぼうっと天井を見上げていた自分を自覚する。

「懐かしい……なにか、懐かしい、『夢』を――」

 夢の中で夢を見るなど、人形には少しばかり贅沢すぎる。暫くの間ぼうっと天井を眺めていたが、腕の中で何かが蠢く感触に慌てて立ち上がった。

「あぁ、狩人様」

 ストールに包まれ、弱弱しく蠢く蛞蝓の様な生物。私は彼を抱きしめたまま家の中にある暖炉の前へと足を進めた。狩人様の為に作ったものだった。既に火は下火となり、薪も燃え尽きている。横に積まれた薪を掴み、中に放り込む。暫くすれば火は再び勢いを増し、私は彼を抱えたまま暖炉の前に座り込んだ。滲むような温かさ、私には必要ないもの。けれど彼には必要な暖かさ。

「すみません、狩人様、また私は、どこかに……お寒かったでしょう、本当に、すみません」

 ストールに包んだ狩人様に詫びる。暖炉の方を向き触角を震わせる狩人様。何となくその姿が可愛らしくて、指先で狩人様の頭を撫でようとした。けれどその動作に入る直前、慌てて手を引っ込める。
 自分の指先を頬に当てる――冷たい。
 私は暖炉の前に自身の右手を翳し、十秒程じっとその熱を受け続けた。そうして再び頬に手を当て、温かい事を確かめる。そこまでして漸く狩人様の頭に指を乗せ、静か撫でつけた。微かな滑りと弾力、嘗て人間であった頃の肌とは違う感触。

「……この冷たい手では、貴方を暖める事も出来ません」

 この時ばかりは、自分が人形である事を少しだけ不幸に思った。もし人の様な暖かい手であれば直接彼を暖める事も出来たろうに、と。

「………!」

 そこまで考え、少し驚いた。「もし、人間だったら」なんて事を今まで考えたこともなかったというのに。ごく自然に、自分がそんな事を思考している事に驚いた。
 私は、人間になりたいのだろうか?

「――まさか」

 私は人形、道具にして創造物。この身は人を模してはいる、けれど決して人ではない。人に成ろうとしてはいけない。そう、望まれていないのだから。髪飾りに触れながら、思考を振り払う様にかぶりを振った。

「狩人様、貴方はあの方の望みを叶え、こうして新たな人の先触れとなり……その先に、何を望むのでしょうか」

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