ハーメルン
剣八の墓標
最後(いやはて)の夜



 その夜は静かに()いでいた。

 日頃の喧騒から唯一解放されるこの刻限ばかりは、耳鳴りを引き起こすほどに広大な静寂に包まれた十一番修練場も単なる無人の荒野としての存在意義を全うするだけの場所に過ぎない。

 しかし、詰まる所を語るとすれば。

 ここ連日に渡る夜に限り、終ぞ土地の安息が保証された瞬間は来なかった。

「はっ、はぁ……!」

 青白く(かそ)けき月光に微睡む世界。
 その安眠へ文字通りに影を落とす、とある一つの、異類の存在が蠢いていたからだ。それの正体である僕——卯ノ花輔忌(たすき)は、一振りの斬魄刀を手にただ立ち尽くしていた。

 否。ただ、というには語弊がある。かろうじて正眼の構えは維持されているものの、その剣先は目に見えるほど震えており、持ち手の内心の揺らぎをそのまま伝えている。


     

   もえる     とかされる       
千切れる    

焼けて  痛い    助けて

  いやだ      やめろ      



立てない      

      敵わない





怖い





 根底にこびり付く感情はいつもそれだった。
 前に進もうとする意思、すなわち運命に抗う力。すべてが灰塵に帰したあの日、人が持ちうるそれらの能力の一切を粉々に打ち砕かれたからだ。
 “いくら手を尽くそうとも覆す事のできない現実がこの世界には幾らでもある”と真に理解し、心の底から恐怖した。それからというもの——この身命を賭した野望を果たすために力を使うことを、他ならぬ自身の体が拒否するようになっていった。

 幸か不幸か、既にその時点で僕は一人の死神として生きていくには十分過ぎる程度の実力を備えていた。
 だから個々の力量が重んじられる十一番隊に於いても一定以上の立ち位置に甘んずる事が出来たし、何ならこれからの長きに渡る人生を惰性に任せて生き永らえようとも、自分の居場所を自分で作れるだけの能力は持ち合わせている、のだが。

「ふぅ────」

 噴き出る汗と共に抜け落ちる腕の力に任せて剣を降ろし、そのまま地面に杖のように突き立てる。支えが無ければ立っているのもやっと、それぐらいの消耗が積み重なっていた。

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