呼ばれて飛び出て
「ハッ」
梅は突如、目を覚ました。
軟らかな布団の中、肌触りの良い着物を身に纏い、薄明りの射す部屋の中で。
悪い夢を見ていた気がする。酷く残酷で現実味のある、思い出すだけで震えが止まらなくなる夢を。
「あぁ~、嫌な夢見た。えっ? ここ何処?」
目を擦りながら周りを見渡し、梅は首を傾げた。
見たことのない部屋だった。彼女の家にしては清潔で、遊郭の部屋にしては物が少なく片付いている。
「お兄ちゃん、お兄ちゃんいるの? 何処?」
朝日の眩さ加減で考えて、まだ日も高くない。兄が仕事に出る前の時頃だろう。
だがこの時、兄の気配は感じられなかった。
いつもなら呼べば必ず現れる。来てくれて当たり前の存在である兄が。
「梅さん、起きられましたか?」
その時、襖が静かに開き、見たことのない男性が姿を現した。
いつもの梅であれば他人を警戒し距離を置き、相手が“奪う”存在であろうか訝しがるだろう。
だがこの時、梅が感じたのは言い例えようのない安心感であった。
ずっと前から知っているような。温かい存在であることを本能が理解しているような。
「アンタ……貴方は、誰?」
口調も自然と畏まっていた。遊郭で散々に躾られても従うのが嫌だった言葉遣いが、スラスラと丁寧になっていることに梅自身も驚いた。
「私は鬼舞辻無惨。昨夜、貴女に鬼の血を飲ませた鬼です」
無惨の紹介に、梅は不思議と理解が進んだ。
そして徐々に記憶が散開的に蘇り始めた。
口の中に広がる血の味。回復を諦めた体。やけつく皮膚。奪われた五感。侍への癇癪。体に入り込んできた大好きな兄。
「あ……あああ……わぁあああ! お兄ちゃああん!」
梅は泣きじゃくった。見た目は息を飲むほどに美しい彼女であるが、精神年齢は幼い。
愛する身内を喰ってしまった事実を、少女の心は受け止めきれない。
「梅さん……聞いてください。お兄さんは立派な方でした……」
無惨は優しく、心を込めて語りかけた。
その直後……梅の背中から、彼女の兄である少年が
生えた。
無惨は自分の目を疑った。
「おい梅。なぁに泣いてやがんだよなぁ。せっかく綺麗な顔してんのが勿体ねぇよなぁ」
梅の目からこぼれる涙を優しくぬぐう少年。
一瞬、恋しさから見えてしまった幻影ではないかと梅も思ったくらい、信じられない光景であった。
だが事実、少年は実体として梅の側に存在していた。
梅が泣き止んだことで、少年は気付いたように無惨と向き合った。
「あんた、あん時の……あんたが梅を治してくれたんだよなぁ? 礼を言うぜ」
「いいえ。私は鬼の血を持っていただけです。真に梅さんを助けたのはお兄さんですよ」
無惨の優しい言葉に頬を赤らめた少年は気恥ずかしそうに「……妓夫太郎っつうんだ」と自己紹介した。
「鬼舞辻無惨です」
「あっ、私は梅です」
無惨が足を正して挨拶すると、梅もまた思わず正座をして名乗った。
それから無惨は2鬼に語り始めた。
鬼の治癒力のこと。鬼の血のこと。昨夜のこと。この家にいる他の鬼のことを。
「っつうことは、無惨……様は俺らを鬼にするために、体が弱くなっちまったんじゃねぇか?」
妓夫太郎が慣れない気遣いに話しにくそうにしながら問うと、無惨は平然とした顔で「ええそうですね」と答えた。
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