第十話 『過去視』 喜代田章子 夜見島/蒼ノ久漁港 -1:00:11
夜見島の南西部、鳩の形で例えると後頭の場所にある蒼ノ久集落の海沿いの道で、喜代田章子は堤防越しに夜の海を眺めていた。ライトに照らしだされた海は闇のごとく黒い。少し前に雨が降り出し、かなり波も立ってきた。どこか不気味な雰囲気ではあるが、しかし、異常というほどでもない。この島へ向かう途中、章子が乗った船は、血のごとく真っ赤な高波に襲われ、転覆した。あの赤い高波は、いったいなんだったのだろう?
「――しっかし、よく助かったよなぁ、オレたち。あんな高波に飲まれたら、普通アウトだぜ? いやぁ、やっぱオレ持ってんなー」
章子の背後では、リーゼントの髪型に黒のデニムジャケットという、いかにもヤンキーという格好をした男がうろうろと歩いていた。章子の連れの阿部倉司だ。少し前、章子と一緒に海に投げ出され、命からがら助かったとは思えないほど陽気な声である。
「でもよ、他のヤツらはどうなったんだろうな。無事だといいが」
阿部はポケットからライターとタバコを取り出した。口にくわえ火を点けようとしたが、湿気ているせいか点かなかった。海に落ちたのだから当然だろう。阿部は舌打ちをしてライターとタバコをしまうと、章子に向かって「なあ、この島、コンビニとかねぇの?」と訊いた。二十九年も無人の島にコンビニなんてあるわけないだろ、と思いつつも、章子は無視して考え込む。
章子と阿部が乗っていた船には、他に四人と一匹の同乗者がいた。船長の男と船員の女、韓国のイケメン俳優似の若い男、そして、サングラスの男とその連れの犬である。みんな港で初めて顔を合わせた人たちで、どこの誰かは知らない。ただ、あのサングラスの男については、少しだけ判った。船が大きく揺れた際、彼が倒れそうになったのを章子が支えたのだが、あのとき、一瞬彼の過去が見えた。名前は三上脩。テレビや雑誌などに多数出演する人気作家だ。章子は、彼のことをよく知っているような気がした。もちろん、人気作家だからどこかで見聞きしたことはあるだろうが、それだけではない。もっと、ずっと昔から知っているような感覚がある。今日出会ったのは、はたして偶然だろうか?
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