ハーメルン
SIREN2(サイレン2)/小説
第十一話 『邂逅』 三上脩 夜見島/蒼ノ久集落 -2:25:10

 愛犬のツカサに顔をなめられ、三上脩は意識を取り戻した。

 周囲を見回すが、霧に閉ざされているかのようにぼんやりとしか見えない。三上は弱視であり、眼鏡を掛けなければほとんど何も見ることができなかった。手探りで周囲を探ってみるが、眼鏡――外出時に愛用している度入りのサングラスは、手が届く範囲には無かった。意識を失う前の記憶を探る。船で夜見島へと向かう途中、海が荒れたのか揺れが激しくなり、やがて転覆したのだ。それからどうなったのかは判らない。自分がどこにいるのかさえも不明だが、地面は揺れていないから、少なくとも船の上ではなさそうだ。肌にまとわりつくような湿気の多い風と、潮の香り、そして、波の音も聞こえる。海辺にいるのかもしれない。船に同乗していた他の人たちはどうなっただろう? 近くに誰かいないだろうか? 呼びかけようとして、突然、激しい頭痛に襲われた。頭を押さえてうずくまり、必死に痛みに耐える。すると。

 ――なんだ?

 痛みが引くとともに、目を閉じているにもかかわらず映像が浮かび上がった。うずくまっている男を見ているような映像だ。奇妙なのは、映像の下半分の中央に、動物の鼻先のようなもの突き出していることだ。

 ――これはまさか、ツカサの目か?

 すぐそばにおとなしく座っているツカサの方を向いた。すると、映像の男もこちらを見た。手を動かすと、映像の男も同じ動きをした。ツカサの視点で間違いなさそうだった。他者の見ているものが見える。そんな特殊な力に、三上は覚えがあった。

 ――幻視。

 それは、夜見島に古くから伝わる特殊能力だ。子供の頃に聞いたことがある。だが、それを教えてくれたのは父だったか、姉だったか……そこまでは思い出せない。三上の子供の頃の記憶はあいまいだ。特に、四歳より前のことは、ほとんど何も覚えていなかった。

 三上は立ち上がり、右手の人差し指を立て、周囲を指さした。ツカサがそれを追うように周囲を見回す。それで、三上は周囲の様子を見ることができた。陽が落ち、雨も降っているため月も雲に隠れているが、犬の目ならば問題ないだろう。それに、少し離れた場所に建っている電柱の街灯も灯っている。

 そこは、小さな漁港のようだった。すぐそばに低い堤防があり、その向こうに小さな漁船がいくつか停泊している。三上がいるのは海に沿って続いている道路の真ん中だった。海の反対側は、緩やかな丘にいくつもの民家が建てられていた。ところどころ明かりがともっており、人が住んでいる気配がある。

 三上は息を飲んだ。この光景……覚えている。これは、私が子供の頃に住んでいた場所だ。夜見島の、蒼ノ久漁港。

 ――いや。

 そんな訳は無い、と、思い直した。夜見島は二十九年前の島民失踪事件以来、人は住んでいない。さらに、同日に発生した海底ケーブル切断事件の影響で、今も電気は通っていないはずだ。今いる地域は、ここから見えているだけでも、いくつかの街灯や民家の明かりが灯っている。人が住んでいる気配があるのだ。ならば夜見島ではないはずだ。では、この既視感はなんだ? 考える。三上の子供の頃の記憶はあいまいだ。恐らく、似たような風景と曖昧な記憶が結びつき、以前住んでいた場所のように思えるのだろう。そう思おうとしたのだが。

 道を進み、街灯のそばの角を曲がって、緩やかな坂道を上ると、道端に石段があり、その先に小さな民家の門が見えた。そこには、『三上』という表札がかけてある。

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