第七話 『予兆』 藤田茂 夜見島金鉱採掘所 -5:26:51
「――至急至急、離島04から各署へ、繰り返す、離島04から各署へ――」
夜見島の中央、瓜生ヶ森の中にある夜見島金鉱採掘所跡で、警察官の藤田茂は携帯している無線機に向かって呼びかけていた。急ぎで県警に連絡を入れたいのだが、返事は無く、イヤホンから聞こえるのはノイズばかりである。さすがに携帯型の無線機で三十キロ以上離れた本土の県警へ連絡が取れる可能性は極めて低いだろうが、周辺の島の駐在所なら充分繋がるはずだ。どこの駐在所でもいい。繋がりさえすれば、そこから電話で県警に連絡してもらえるだろう。
「繰り返す。離島04から各署へ。誰か聞いているなら返事をしてくれ。繰り返す。離島04から――」
さらに呼びかけてみるが、何度試しても、誰も応えてくれなかった。それどころか。
「――――っ!!」
突然、耳の奥に針を刺すような大きなノイズが流れた。驚いてイヤホンを外す。しばらく耳鳴りで何も聞こえなかった。
「……なんなんだ、一体」
耳が回復するのを待ち、もう一度イヤホンを取りつけ、無線機に呼びかける。やはり返事は無い。それどころか、今度はノイズさえ聞こえなくなっていた。故障したのだろうか。藤田は大きくため息をつき、無線機を切った。署に連絡はできそうにない。このまま捜索を続けるか、一度本土に戻るか。時刻は夕方の六時半を回ったところだ。日没まではまだ三十分ほどあるはずだが、周囲はすでに暗くなり始めている。この瓜生ヶ森は四鳴山のふもとにあるため、陽はすでに山の陰に隠れている。加えて、上空はいつの間にか厚い雲に覆われていて、雨が降り始めるのも時間の問題だと思われた。藤田がこの島への上陸に使用したのは小型のモーターボートだ。周囲を航行する船に存在を知らせるためのライト設備は、決して充分ではない。あのボートで夜の航行は危険だ。そうなると、この島で一夜を明かさなければならない。昼間、同僚には「パトロールへ行く」と言って外に出た。田舎町の交番員である藤田が時間をかけて地域のパトロールをするのはいつものことなので、この時間ならばまだ騒ぎになっていないだろう。しかし、一晩も連絡が取れないとさすがに心配するはずだ。戻ったら、なんと言い訳をするか。その前に、一晩雨をしのぐ場所も見つけなければならない。
――やれやれ、面倒なことになった。
大きくため息をつき、藤田は周囲を見回した。すぐそばには、夜見島金鉱採掘所の建物がある。かつては多くの人が集まり、ここで金を掘っていたが、鉱量の枯渇に伴い徐々に人は減り、昭和四十八年には完全に閉鎖された。以来この建物は放置され、廃墟と化している。入口の鉄扉は開け放たれていた。あそこなら雨風をしのげそうだ、などと藤田が考えていると。
――うん?
建物のそばで、何かが動いたような気がした。
すでに周囲は薄暗く、はっきりとは確認できない。藤田はライトを取り出し、建物のそばを照らした。
そこには、黒い煙の塊のようなものがいた。
それはまるで生き物のようにうねうねと蠢いていたが、やがて光を嫌うように、建物の中へ入って行った。
――あれはまさか、死霊か!?
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