第2話 過保護な騎士
──ダンッ!!!
思い切り叩きつけられたのは拳だった。
受け止めた机には盛大にヒビが入り、置いてあった書類の山を崩れさせる。
「あたしの可愛い可愛い目に入れたら浄化できそうな清くて美しい天使に何やらかしてんだ?」
低くドスの効いた一息のセリフ。受け取った電話向こうの人物が「ひっ」と息を飲んだ。
学園を監視する諜報部からの連絡に何事かと慌ててみれば、護衛対象が凶行に及んだとの事。
しかも、彼女にとって何よりも大切な息子が被害者ときた。
始めは「うちの子がそこらのゴロツキに負ける訳ないじゃん」とか思っていた彼女も、された内容がいわゆる痴漢行為だと気付いた時にブチギレた。
公爵家のお嬢さん──レイカ=ダイドウジが素行不良だとは聞いていた。
誰かれ構わず横暴に振舞い性格も傲慢。気に入らない事があれば学園内でも平気で人に魔法を放つ暴れん坊。
そのくせ、授業にはしっかりと出るし成績も良いときた。
周囲が遠巻きに眺め、出来るだけ関わりたくないと思うのも仕方ないだろう。
しかし、そんな聞かん坊でも人に怪我を負わせたり、法に触れるような事まではしていなかった。
魔法も威嚇や示威行為であるし、横暴な行いも列の横入りやちょっとした悪戯で済む程度の事である。
カツアゲや暴力を振るうなどは、実はしていない。
プライドの塊のような振舞いが周囲を余計に怖がらせ、噂が独り歩きしているのだろう。
それでも彼女は変わらぬ態度を取っているのだから筋金入りだ。
つまり、護衛対象からの被害など想定していなかった。
それがどうだ。
ここにきて息子に怖い想いをさせてしまった。
──ドゴンッ!!
彼女は自らの額を机に叩きつける。
机は木っ端みじんに吹き飛んだ。ついでに書類の束も宙に舞った。
「……団長、気持ちは分かりますがやめてください」
そんな彼女──近衛騎士団団長様でありカオルの母、ユイカに声をかけたのは近衛騎士団副団長だ。
未だに怒りと後悔で体をプルプルと震わせているユイカを見やり、副団長の女性は軽くため息を吐いた。余計な予算がかさむ。
「これで怒りを覚えない訳ないでしょう!!!」
ビリビリと空気を震わす覇気がユイカから放たれる。並みの者ならそれだけで失神してしまうだろう。
額から血を流し、ついでに握りしめた拳からも血を流し、顔は怒りで真っ赤だ。
加えて言えば癖が強い長髪はえんじ色、190cmにも届く長身スレンダーな身を包む服は近衛を示す赤と黒の隊服。
全身真っ赤っかである。
帝がおわす帝国の首都ミヤコ、さらにその聖域とも言える御所でこの姿など、他の者が見れば何事かと大恐慌が起こるだろう。
興奮の為か、額から噴水みたいにピュッと血が副団長目掛けて飛ぶ。
彼女はサッと何事もないかのように血を避けると、大惨事となっている執務室を見渡した。
「後片付けが大変そうですね」
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