第5話 体育
桐桜学園の体育の授業は、言ってしまえば訓練である。
基礎体力作りを目的とした筋トレやマラソンに始まり、模造刀を使った実戦形式の模擬仕合までこなす。
入学初年度の初っ端から大層な事はやらないが、ただ延々と走らされるのは誰であろうとキツイ。
そのため、本日は息抜きと目標である”到達点”を見せる事を目的とした仕合がスケジュールに組まれていた。
本来ならば二人一組での組手や掛かり稽古程度だが、本日は生徒対教師、しかも多対一だ。
一人の教師に向かってクラス全員が一斉に躍りかかる。
数と言うのは暴力だ。普通に考えれば、生徒とはいえ、三十人ほどを相手に取り囲まれたら無事では済まない。
普通であれば、の話だ。
「どうしました? もう終わりですか?」
抑揚のあまりない、涼やかな声が耳朶を震わす。
綺麗な声だ。歌などを聞いてみたいと思わせる魅惑的な響きを持っている。
どこか姉上を彷彿とさせるが、姉上は物凄く音痴なので結局あまり似ていないのかもしれない。
それに髪も姉上に比べれば短く肩甲骨程度までしかない上に色は翡翠色。背格好は似ているが……まさかね。
本日初めて見た教師の外観を記憶しながらも、私は周囲を眺めてみる。
死屍累々の状況だった。
生徒同士による簡単なトーナメント形式で優勝者が教師と対決。そう先日は聞いていたのだが、急遽担当教師が変わったと見慣れぬ女性が現れてから早十分程。
授業の内容も変わって少々困惑していた間に、クラスメイトの多くは叩きのめされていた。
その早業たるや圧巻の一言。
桐桜学園の教師は元軍人である。その経緯は人によって異なるが、多くは実戦からの叩き上げだ。そのため、戦闘技術等も一流である。
しかし、目の前で披露された剣技は、近衛騎士の実力を間近に見てきた私ですら息を飲むレベルであった。
これほどの実力となると否が応でも私の耳に入るはずなのだが、彼女の存在を私は今日初めて知った。
私の中で疑惑が持ち上がる。
私以外にも多くの者が護衛の任についているが、横の連携は生命線だ。誰がどこに何人ほど配置されているかなどは聞き及んでいる。
であるならば、彼女は一介の教師に過ぎないはずなのだ。
それでこの実力。
「ふむ。今残っている数人は見どころがありますね」
ぐるりと周囲を見渡した教師が呟く。
その姿は自然体だ。生徒とは言え彼女たちもエリートと呼ばれてこの学園の門を叩いた。それが数十人である。
にも関わらず、この圧倒的な差はなんだろうか。
どこか得体の知れない存在を目の当たりにし、私の手に知らず汗が滲む。
私は相手の視線を切ったり、死角に回り込んで警戒させたりといった基本サポート的な動きしかしていない。
切り込んでこない相手は後回しなのか、教師からの攻撃も飛んでこなかった。
私以外の生徒たちは果敢に攻め込んでいたので、今立っている中で無傷なのは私だけといって良いだろう。
レイカ様も未だ立っている。
肩で息をし玉のような汗を浮かべて辛そうにしているが、それでもまだ闘志は失われていない。
他のメンツは若干戦意喪失気味だろうか。
教師が強すぎるのだ。無理もない。
例え桐桜学園の教師だとしても不可解な強さ。
これは探る必要があるか。
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