第十四話:冷たいまなざし
七日後、日が暮れてから夢乃が呉服屋に頼んでおいた着物を受け取りに行った時のこと。
「な……ぜ?」
「弟様がいらっしゃって、袴の色をこのようにと変更を……され……え?」
呉服屋の主人は、客の表情がみるみる険しくなるのを見て「しまった」と思った。
夢乃が店を訪れ、生地を選んだ翌日の夜。
彼女の弟を名乗る利発そうな少年がやって来て「姉上が袴の生地をもっと可愛いものにしたいと仰って」──そう言って生地の変更を申し出てきた。
幸い、袴にはまだ着手していなかったのでなんの問題もなく、支払われた代金内で弟が選んだ生地で作業を進めることにしたのだが……。
もちろん、その弟というのは愈史郎のことで、彼は珠世との二人っきりの生活を邪魔された恨みをここで晴らしていたようだ。
「やられた……」
思わず夢乃は呟く。
呉服屋の主人が持って来たのは、裾から腰にかけて濃い紺から紫に色鮮やかに変わっていく、所謂女物の袴に用意られる生地だった。
幸い袴の種類は馬乗袴という、裾が二股に分かれたズボンのようなデザインであるため、そこだけはこれまでと変わらない。
「あ、あの……ま、まずかったでしょうか?」
まずかった。
こんな色の袴など、七五三の祝いでしか着たことのない夢乃にとって、恥ずかしい以外のなにものでもない。
だが良い生地──何年も着れるようにと奮発している。
こつこつと用心棒稼業で貯めたお金なのだ。それも夜限定であれば雇い口も少ない。
それでも金が無ければこうして替えの着物を買うことすらできないので、口利きやには今でも通っている。
(愈史郎め……)
「問題は大ありだが、それでいい」
「さ、左様でございますか。いや、お似合いでございますよ。お客様はとてもべっぴんでいらっしゃるので」
着物を無言で受け取った夢乃は、そのまま店を出ていく。
愈史郎に一発拳骨を打ち込みたい衝動に駆られるが、一度あの家を出てしまえば引き返すことはない。
少しでもあの二人に危険が及ばないよう、出来る限り必要最小限の接触に留めるためだ。
(次の検査の時には殴ってやる)
拳を握りしめ、それでもどこか彼女の口元には笑みが浮かんでいた。
夢乃にとって愈史郎は、死んだ弟が生きていればこんな風に触れ合えただろうかと、それを感じさせてくれる存在だったから。
つまりは弟のように可愛がってもいたのだ。
愈史郎もそれを知っているからこそ、このような嫌がらせを平気でやってのける。
(しかし……藤色か)
藤の花のような美しい紫いろの袴。
鬼にとって藤の花は毒である。弱い鬼であれば命を奪う事すらできるほどの。
そんな色の生地を選ぶとは、嫌がらせにしてはなかなかにきつい。
それとも、鬼になろうと鬼に対して毒となれという意味なのだろうか。
着物と袴を包んだ風呂敷を手に、夢乃は日本橋をあとにした。
ちょうどその頃、煉獄杏寿郎も新しい任務を与えられていた。
日本橋から西の赤坂へとやって来た杏寿郎は、久方ぶりに訪れた都会にやや興奮していた。
「駒澤村周辺とはまったく違うな。夜だというのにこんなにも明るいとは!」
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