第三話:次はこの首を・・・
しまった──女がそう思った時には時すでに遅し。
煉獄杏寿郎から山一つ越えた先まで逃げた後だった。
(刀……落してるうぅっ)
川から離れるときには持っていた。なら落したのはアノ時だろう。
倒れたあの時に、刀を落したに違いない。
取りに戻るべきだと分かっていても、今戻れば煉獄が確実にいる。
(煉獄杏寿郎……あの男の反射速度は尋常じゃない。柱……か?)
そうであってもおかしくはない。
煉獄家は代々鬼殺隊で鬼を屠る一族であり、炎柱を輩出する家系でもあった。
彼女がまだ人であった時、鬼殺隊隊士であったとき。
その時の炎柱も煉獄家の者だった。その息子も鬼殺隊隊士で、のちに炎柱になっている。
だが柱の証である羽織りは纏っていなかった。
ならまだいち隊士なのだろう。
(なんにしても、アレに勝てる自信は……)
女は自らの実力をよく理解している。
下弦の鬼を屠るぐらいの力はあるのだが、あの男もそれは同様だろう。
だからこそ、引き返すことを躊躇う。
刀は大事なものだ。
元鬼殺隊であり、生まれは武士の娘でもあった女にとって、それは命にも等しく大切な物だった。
今引き返せば鉢合わせする。
煉獄杏寿郎と、再び相まみえることになるだろう。
しかも今度はこの身一つで挑むことになる。
果たして無事に刀を拾って逃げられるだろうか?
相手は鬼殺の隊士。当然、あの赫き刃は日輪刀であろう。
だとすれば、首を切り落とされれば確実に死ぬ。
「死……そうか……死ねるのだ。あれに斬られれば」
女の瞳から覇気が消える。
ふらふらと元来た道を戻り始め、やがて煉獄杏寿郎と対峙した場所まで戻ってきた。
──が、煉獄の姿はなく、そしてどこを探しても彼女の刀すら見当たらなかった。
代わりにあったのは、木に貼りつけられた紙。
そこには、
刀は貰ってゆく。よい刀だ。だがこれは日輪刀。
鬼殺のための刀であり、鬼であるお前が持つべきものではない。
誰かから奪ったものか?
相手を殺したのか?
とにかくこれは貰っていく。
悪さをしないのであれば、二度と人里に下りてくるな。
次にまみえれば、倒さねばならぬからな。
俺は何故だか、そうしたくないと思っている。
だから山奥でつつましく暮らせ。
煉獄杏寿郎
そう書かれていた。
「誰かから……奪った、だと」
女は紙をぐしゃりと握りつぶし、そして山裾を見て吠えた。
「それは私の刀だ!! 私の日輪刀だあぁぁ!!」
今すぐ駆け出して取り返したい。
だが、無情にも東の空がしらみはじめてしまった。
こうなっては一刻も早く陽の当らない場所に隠れねばならない。
陽の光に当たれば死ねる。
それが分かっていてなお、自ら陽の光の下に行けないのは鬼の性なのだろう。
(死ねるかもと思ったのに……また……機会を逃してしまった)
この百年間、女は惨めにも鬼として生きてきた。
ただの一度も人を殺めず、人の血肉を食らわず、動物のソレだけで飢えをしのいできた。
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