「し、シゲル様……その、おはようございます」
唄子の部屋最終回が放送された翌々日の朝。シゲルはいつものように塒のビジネスホテルから出発しようとして、ロビーで待ち構えていた顔面蒼白の唄子に捕まった。
「お?唄子さんじゃねえか、おはようさん」
シゲルはひょいっと片手を上げて挨拶をする。
「これからその辺に弾き語りに行くとこなんだが、一緒に行く?」
「是非!――ではなく。申し訳ありません、少々話を聞いていただきたく……」
シゲルの誘いに、ぱあっと表情を輝かせた唄子だったが、その顔は即座に曇る。
なにやら問題を抱えているらしい。
「話?そりゃ構わねえけど」
知らない仲でもないし、別段急ぎの用事でもない。シゲルは気前よく頷いた。
「……ありがとうございます」
深々と頭を下げた唄子は、滔々と語りだした。
一昨日収録を終えた二人は打ち上げと称し飲み屋に繰り出していた。シゲルは店主の許可を得て弾き語りを店内で行い、二人は気分よく飲み食いし、連絡先を交換して別れたのだ。
唄子としては人生最高の夜であった。シゲルの弾き語りは勿論大好評。シゲルの頼みで唄子もデュエットに参加したりして、店の営業時間を超えて騒ぎは続いた。
唄子はしたたかに酩酊し、家に帰るや否や深い眠りについた。
――点滅する留守電のランプに気付くことなく。
「目が覚めたら、留守電にすごい量の録音が残っているのに気づきまして……」
「ありゃりゃ」
シゲルは頭を掻く。
唄子とシゲルは、局にゲストの存在を伝えていなかった。
何しろ男性をテレビ出演させるとなると、その手続きは前代未聞のものになる。正直にゲストにシゲルを招くことを提案すれば、到底唄子の部屋の最終回には間に合わないと思われたからだ。
結局、使命感に燃える唄子と、ノリ重視のシゲルはサプライズで生放送に登場することを決めてしまったわけだが――
「まー不意打ちみたいなもんだったからなぁ、俺のゲスト出演。プロデューサーに怒られちゃったか」
「いえ、怒るとかでは……」
唄子はひきつった笑みを浮かべる。
留守電に残っていたのは怒声ではなく、切々とした哀願であった。
――今日のゲストについてお話があります。
――お願いですから今日のゲストのシゲル様に会わせてください。
――ホントお願いですから。ギャラ10倍上げますから。
――会わせてくれないなら舌噛んで死にます。
――唄子さん。そこにいるんじゃないですか。
――ウタコサンウタコサンウタコサン
血の気が引いたのは言うまでもない。
「そんなわけで昨日局長の遥さんと話し合いまして、何とかシゲル様とお話をさせていただけないか、と……」
「へー。いや、俺としちゃその局長さんと会うことに文句はねえぜ」
むしろ渡りに船ってヤツだな、とシゲルは付け加えた。
世界に音楽を響かせる為に、テレビは非常に都合がいいのだ。プロデューサーを説得して何らかの番組に参加させてもらえば、目標にはぐっと近づくだろう。
「そ、そうですか!――良かった」
どうやらシゲルが悪感情を抱いていないことを知って、唄子は胸をなでおろした。見ず知らずの女性に引き合わせたい、と言って喜ぶ男性はまずいないからだ。一般的に男性というものは繊細なメンタルをしている。
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