キュルケの帰陣
激しい戦いにも終わりが見え、あたしはオルドナンツを取り出した。オルドナンツを送る相手は勿論、愛しのジャンだ。けれども、魔石に精神力を込めてメッセージも吹き込んだものの、ジャンに向けて飛ばす勇気が持てない。
今回の戦いは、非常に激しいものだった。撤退のタイミングをほんの少しだけ間違えてしまっただけで、ジャンであっても無事では済まない。或いは上手く撤退の判断ができない水精霊騎士隊の生徒を助けるために死地に飛び込んでしまう可能性もある。
もしもオルドナンツが飛び立たなかったら。その思いが、杖の動きを止める。サイトの行方がわからなくなったときのルイズも、このような思いだったのだろうか。
「あのとき近くにいなくてよかったかもしれないわね。下手したら、そのときの言葉が自分に帰ってきていたところだったわ」
一人ごちで、今度こそ思い切ってオルドナンツを飛ばそうとしたところで、あたしの前に白い鳥が舞い降りてくる。
「コルベールだ。ミス・ツェルプストー、無事でいるか?」
オルドナンツの口からジャンの言葉が紡がれたことで、あたしは愛する人の無事を知ることができた。
「ジャン、あたしのことはキュルケと呼んでと、一体、何度言ったらわかってくださるのかしら」
これで十分、あたしは元気だとジャンに伝わるはずだ。あたしは今度は何の躊躇いもなくオルドナンツを飛ばす。そうして一息つくと、周囲を見る余裕もでてくる。
あたしの周囲では投降した敵兵の武装解除を進めている者と、負傷者の救護をしている者との大きく二つの集団に分かれている。そのうち武装解除をしている側に加わるのは論外だ。精神力の切れた女のメイジなど、敵の人質にされないよう味方に余計な気を使わせるだけだ。では救護をしている側に加わればよいかというと、そちらについても微妙だ。水の秘薬もなく、精神力のないあたしは、単なる医療知識ゼロの役立たずだからだ。
「それでもギムリくらいの体格があれば負傷者を運んだりできるだろうけど、あたしではたいして役に立ちそうにないわね」
結論としては、ここにいても何もできることはない。それならば本陣のタバサと今後のことについて話し合っておく方がまだしも有益だろう。
そう考えて歩き出したのだけど、如何せん本陣と言っても広い上に土塁などもあり、歩きにくい。元気なときであれば、それほど苦にならなかったかもしれないけど、激しい戦いの中で走り回っては魔法を使い、精神力がなくなれば薬で無理やり回復するということを繰り返したのだ。これから中心部まで歩くと考えるだけで億劫だ。
「ローゼマインの側近に騎獣で迎えにきてもらう……というのはいくら何でも怒られるだろうしね。主にハルトムートに」
相手は貴族なのだ。疲れたから迎えにきてというのは同じハルケギニアの貴族相手でも相当に失礼な振る舞いだ。さすがに、それをやってみるつもりはない。
疲れた体でのろのろと歩いていると、不意に上空に影が差した。見上げると、背にタバサの女性筆頭護衛騎士であるマノーアを乗せたシルフィードがいた。上から白い鳥が飛んできてキュルケの腕に降り立った。
「キュルケ殿、シャルロット殿下がお呼びです。背にお乗りください」
「助かります。マノーア殿」
オルドナンツを返してほどなく、シルフィードがあたしの前に降りてくる。
[9]前話 [1]次 最初 最後 [5]目次 [3]栞
現在:1/3
[6]トップ/[8]マイページ
小説検索/ランキング
利用規約/FAQ/運営情報
取扱説明書/プライバシーポリシー
※下部メニューはPC版へのリンク