ハーメルン
獅子の騎士が現代日本倫理をインストールしたようです
7,花の旅路、魔女の導き
ユーウェインの一日は、日の出の前から始まる。
起床直後に井戸で水を汲んで洗顔し、朝日が顔を出すまで剣の鍛錬に精を出した後、朝食の牛乳に硬いパンを浸しながら食べる。おかずはマッシュポテトだ。自分で用意したものではないが、この雑な食い物を胃に収めるのも義務である。いつの間にやら自国唯一の王子となっていたから、雇われの料理人の顔を立ててやらねば路頭に迷わせてしまうからだ。
朝餉だけ、他人の作った物を食う。飽きたとか不味いとか、思う事すら罪深い。ろくに飯も食えない人間が領内だけでもごまんといるのだ、食えるだけ有り難いと思わねば人としての品位が下がる。
――剣は、好きだ。
振るっていると鬱屈が千切れていく。心が透明になる心地に浸れる。心に巣食う雑念を斬っているのだ――なんて格好を付けたくなる時もある。が、ユーウェインが本当に斬りたいのはもっと別の物だ。
己を斬りたい。斬って、捨てたい。
自殺したいわけではない。己を傷つけ痛みを感じたいわけでも、傷ついた己を見せびらかして可哀想な自分に酔いたいわけでもなかった。斬りたいのは、皮膚の上に貼り付く瘡蓋のような何か。捨てたいのは重たいもの。その正体を見極める事はできないが、ずっと纏わりつく何かが煩わしい。
この身は最高の性能を有しているらしかった。それでこそ我が子であると妖精は会心の笑みを象ったものだが、太古の呪液が流れる血と肉と、血統書付きの『才能/性能』が異形の精神に呼びかける。
お前はいつか、斬りたいものを斬れる、と。神秘に生きる者の聖地たるブリテンにて、最高峰の才を有するが故に斬れぬものなど無いのだと。そう――確信できていた。
だから剣が好きだ。
生き物を殺す剣技ではなく、物体を切り分ける剣腕でもなく、斬りたいものを斬れるのだと教えてくれる剣才を愛したのだ。やがては過剰な神秘を搭載した機体を降りられるのだと信仰するから。
だが剣のみに生きるに能わぬのが王子である。自称に過ぎないが王家という立場に生まれた以上は、国の統治に纏わる責任を負う義務がある。嘆かわしい事に責任を特権と履き違える者はいるが、自分までそうなってはならない。故に仕事をする。王子としての仕事を、だ。
しかしユーウェインは恵まれていた。政務を一手に担っている母が、大概の仕事を片手間に処理してくれるのだ。「そなたより妾は長寿よ、遠慮なく甘えるがよい」と宣った厚意に頭が下がった。
だから仕事は、専ら有事の際には兵にもなる領民や、忠義を捧げてくれる騎士の陳情を捌く事。いつぞやは領土を荒らす魔猪を捕獲した。そして陳情を聞き届ける他に、魔獣の家畜化計画を進める。
実を結ぶか分からぬ事業だ。大々的には推進できない。だが父王から領内の小さな城の権利を貰い、数人程度の騎士と行く宛のない領民を募って、細々と始めた魔獣家畜化の経過は良好だった。
モルガン作の檻に入れた魔猪は、全長五メートルにも届かんばかりの巨体である。三日月めいた双牙は生半可な城壁など打ち崩してしまうだろう。ましてや人の身で囚えられるものでもない。
が、総重量1600kgにも及ぶ巨大魔猪の後ろ脚を削ぎ、立派な牙は二つとも根元で叩き砕き、モルガンの協力の下に眠らせ外科的に肺を半分摘出してしまえば、モルガンの檻の中に置いておく限りは無害であると言える。魔猪は本当になんでも食べるので、人間の栄養たりえず、資源たりえない岩石や廃材、動物の死骸など処理に困るものを食わせておけば充分だ。
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