ハーメルン
ヨタ話
逃げるより死んだ方がよさそう

人の首から上の部位が重力に伴って地面へと引かれていく。
固く踏みしめられた土の地面から響いたやけに大きな音を、人の頭ってわりかし重いよな、と要らぬ納得で呑み込んだ。

唐突に1つの命が失われる。定命の者にはいささか刺激的すぎるそのシーンに、周囲の人々は大きく動揺を示す。叫び声と共に此方へと流れ行く人波の奥で、村一番の力持ちの首が転がっている。

はて、僕は何故この場に居合わせているのだろうか。というのも、直近の記憶と現状に連続性が無い。しかも僕の持つこの記憶が正しいのなら、自分は既に死んでいる筈のようであった。

自身の内情の問題に気を払っているうちに、地に転がる首の数は増えている。内一つは「逃げろ」と、真っ先に声を挙げた者の首だ。他の者を逃す為か果敢に立ち向かった者達の亡骸を背に、この凄惨たる状況をつくり出したそれが迫ってきた。

通り良く平坦な、少女の声が発せられる。

「逃げないの」

発声は平坦であるが、意図する所としては疑問符が付くらしいと察せられた。彼女から逃げ惑う人々の波は既に、僕の背の遠く離れた方へと過ぎ去ろうとしている。あれに準じないのか、という問いかけか。

さて、なんと答えるべきだろうか。

眼前では既に幾人か殺されており、それを成した彼女は逃げる人波を追う方向に向かうようだが、追いつけば殺すのだろうか。
今から逃げ出せたとして、いつ追いつかれどう死ぬとも知れない状況はどれだけ続くのだろうか。
瞬く間に人命を狩る相手と向かい合うこの状態から、そう上手く逃げられるものだろうか。

逡巡と呼ぶにはほんの少し長い思考の後、自身に残る死の記憶がそう苦しみを伴うもので無かったことに思い当たり、いっそここで死んでしまうのが楽そうだとの結論に至る。
足元に転がっていた棒切れを徐に拾い上げる。気の抜けた阿保みたいな声を出しながら、もはや人体よりも殺傷力の低いようなそれを振るった。

「やーー」

一応、自身が出せるだけの運動量をしっかりと伴った棒切れは、まっすぐに少女の目へと突きの形で向かおうとした。その切っ先が本来の目的地へと辿り着く様を見届けられぬまま、視界がズレる。

視界は一面空を映す。首を飛ばされても認識は続くんだなぁとなんともなしに思いつつ、記憶にあったものよりも更に安らかな死の感触に安心した。

意識が終わる。


———


むくりと上体を起こす。見渡せば、身体と頭の分離した骸が十数、転がっているのが見えた。

自身もああいった目に合ったはずなのだが……。
ちょっとした眠りから醒めたような感覚を引き摺る。何故生きているのか。この疑問に答えてくれる宛を求めて少女の姿を探すが、見当たらない。

ふぅ、と息をつく。空気を吸い込み吐き出す肺の動き、頭蓋や空気なんかを伝わり耳に届く風切り音、息が口元を抜ける感覚。開けたままの口内が、外気にさらされて若干の乾きを得る。
あぁ、どうやら生きているらしい。血の匂いが身に付けている衣服と、赤黒く染まった地面から香る。死体の転がる向こう側から。それと、自身の元から。
恐らく自身の血によるものであろう血溜まり跡地を眺めつつ、どうにもよくわからない現状を捉え直そうとする。

まず、ついさっき死んだ。死因は首と胴体が分たれたこと。僕を殺したのは、……見目麗しい少女であった。僕の目の前にころがっている死体らは僕より以前に、僕と同じように殺された人達だ。死体が増えていく様を見て、生存を求めるには逃げ出すべき状況だったが、後々変な殺され方をされる可能性を想定してしまい、それよりは今さくっと殺られた方が苦しまないで済むだろうと少女へ命を投げ渡した。さくっと殺られた。……しかし生きている。

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