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道での邂逅を経て、雨里に案内される形で伏黒が辿り着いたのは年季を感じさせるアパートの角部屋だった。
曰く付きだったから安かったんだ、と雨里は事も無げに語るが憑りついていたのは幽霊ではなく、呪霊であった。
もしも、この部屋に住んだのが雨里でなかったならば被害の拡大につながっていたかもしれない。最悪、アパート一棟丸ごと呪霊の餌場になっていたかもしれなかった。
何はともあれ、招かれた室内は住民である彼の申告通り、狭い。
1Kの間取りだ。扉を開ければ台所スペースが確認でき、トイレと洗面台、風呂場が分れているだけマシといった感じ。
部屋の内装にしたってミニマリストという訳では無いだろうに、置いてあるものは最低限。変わっていると言えば、この時期までベッドの側に小さいながらも炬燵が置かれ、更にその隣には電気ストーブが置かれている点か。
普通ならば、直している品々だろうが雨里は迷うことなくストーブと炬燵の電源を入れていた。
「暑くなるかもしれないけど、御免ね。これ位してないと、寒くてさ」
「…………いや、構わねぇよ」
伏黒としても、彼の行動を咎める気は無い。というのも、この部屋に辿り着くまでの道中で彼の手を握らせてもらったのだ。
まるで、冬場の冷水のような冷たさだった。しかもそれが指先だけでなく、体を全体的に冷やしてくるのだから恐ろしい。
「お茶で良いかな?」
「いや、そこまでは…………」
「せっかくのお客様だからね。少しはもてなしの一つさせてよ」
そこまで言われれば、固辞する事の方が逆に失礼。少なくとも、伏黒はそう考え至り大人しくベッドとは反対側の炬燵の辺に腰を下ろした。
夜が近づいているとはいえ、流石に五月に炬燵の中へと足を突っ込む気にはなれず少々座りにくそうに、彼は正座する。
程なくして、ガラスのコップに麦茶を、片や湯呑に湯気の立つお茶を注いで雨里は部屋の中へとやって来た。
「…………」
「どうかした?」
「……いや、俺の方にも熱い飲み物が来るもんだと思ってな」
「ああ………確かに、オレは熱いものの方が好きだけどだからといって、辛い物を食べながら熱いものを飲む、何てことはしないよ。飲み過ぎると、冷え過ぎちゃうけど」
そう言って、湯呑を両手で持って指先を温めている雨里は少し困ったように笑った。
凡そ、十五年だ。それだけの時間、彼は己の体質とこうして付き合ってきた。それだけの時間があれば、ある程度は割り切れるようにもなるし、自分で自分の限界点も分かるというもの。
「それでえっと………伏黒君」
「何だ?」
「その、呼んだ先生?っていつ来るのかな」
「一応、住所はメールで送った。ただ、忙しい人だ。どれだけかかるかは、俺も分からない」
「そっか……」
「…………聞かないのか?」
「何が?」
「呪霊について、とかな。普通は、気になるもんだろ?」
「そう、だね…………うん、普通は気にするのかもしれない」
湯呑を置いた雨里は、少し目を細めて炬燵の中へと両手を突っ込む。
「でもね。もう、十年以上経ってるんだ。今更聞いても、ね?」
疲れたような笑みだった。事実、彼は精神的に疲れているのだろう。
幼い頃から呪霊が見えた。幼い頃から夏場であってもまるで真冬のような寒さを味わい続けた。幼い頃から異能が使えた。
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