ハーメルン
うっかり怪人♀になってしまったっぽいが、ワンパンされたくないので全力で媚びに行きます。
AV(オーディオ・ビジュアル)
サイタマがヒーロー試験に合格した翌日。
さっそく活動しようかと思ったが、大きな事件がなかったから──という彼に、スーパーの特売日の頭数として呼び出された。
今回は卵で、お一人様1パックまで。
体質的に人混みに揉まれるのは、と思ったが、平日の午前中ということでそこそこ空いていた。
スーパーを出て、並んで歩く。
しばらくは他愛ない話をしていたが──やがて話題が切れた。もともと、共通点の少ない関係なのだ。俺もサイタマもお喋りではないし。
何となく無言が嫌で、目についたことをとりあえず、口に出した。
「サイタマ、よくそのTシャツ着てるよね」
「ん? ああ、これか」
サイタマが自分の胸元を引っ張る。
白地に黒色で印字された、シンプルなデザインだ。ローマ字で記されたその文字は、
「おっぱい」
ちょうど大胸筋のあたりに、ご丁寧にもデフォルメされた乳房が描かれている。着ていたら普通に眉をひそめられそうなデザインだが、サイタマの神経はそんな細部まで張り巡らされていない。
──と思いきや、
「ちょっ……おま、そういうこと、」
なぜか慌て出すサイタマ。
「えっ……サイタマが着てるのに……?」
「とにかく!」
よくわからん。
もじりで論っているならともかく、サイタマの着ているそのTシャツは紛れもなく『おっぱい』であり、恥ずかしいのは彼のほうじゃないのか。
こちらが痴女扱いは納得いかない。
そこまで考えて、先日ジェノス相手にやらかした失態を思い出した。親しい友人と同じノリで下ネタを異性にぶちかますのはアレか。場合によってはセクハラだし、心象も良くない。
大事なのは清楚。オッケー。
「……うん。いきなりごめんね」
「お、おう……」
数秒、無言の時間が流れて。
さしものサイタマも、このままでは空気が悪いと思ったのか。新しい話題を振ってきた。
「なんか……せっかくヒーローになっても暇だな」
今のサイタマは暇とか言ってる場合ではなく、さっさとC級ノルマをこなしに行くべきなのだが。
音ソニさんを確実にブタ箱へぶち込んでもらわないと困るので、ここは勝手に黙秘。
「平和なのは良いことだよ」
「そりゃそーだけどな……あ、そういや、お前の部屋、なんか面白いもんねーの?」
「面白いもの?」
「前の住人が置いてった漫画とか」
面白いものというわりには素朴なアイテムに着地したな。
原作を読んでいる限り、サイタマの趣味は漫画にゲーム(とヒーロー活動)であり、何となく平成中期の独身男性という感じだ。もう少し年代が後にズレていたら、動画投稿サイトとソシャゲを反復横跳びさせられていたかもしれない。
閑話休題。
置いていった娯楽品、か。
前の住人……と言っても、それがどういった人物なのかを知る術がないので何とも言えないが。
「……というか、今わたしがいる部屋はそもそもどんな人が住んでたの?」
「えぁー……覚えてねーな」
「一応、一人暮らしの男の人って感じのインテリアだったけど」
「うん。まったく思い出せねー」
にべもないサイタマ。
まあ、他の住人に少しでも関心があれば、あんなところに住み続けたりはしないか。
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