第二十話:極悪非道/2018年10月31日21:41
──蒐獄。蒐集の蒐と地獄の獄で蒐獄だ。
もう随分前に冷めてしまったコーヒーに口を付ける。元々コーヒーの味などよく分からないが、今日はその苦味さえ感じる事が出来ない。冥さんから告げられた家族の仇の通り名が、ぐるぐると永遠に頭の中を巡っていた。
「……蒐獄」
その恨めしい名前を味わうように呟く。コーヒーなどとは比較にならないほどに苦々しい憎悪の味が口腔に広がった。そのへばり付いた不快感を洗い流す為に、残り少ないぬるいコーヒーを一気に飲み干す。
そうでもしなければ今すぐにでもこの部屋を飛び出し、高専の資料を読み漁って奴の情報が本当にないのか再び調べたくなってしまうだろうから。
しかし、蒐獄とは。随分とふざけた通り名だ。
呪術において名前とは重要な因子。名は体を表すなんて言葉があるように、名前は肉体と魂に紐付けられる。名前を構成する言葉に宿りし言霊を一生受け続けるのだ。その存在の行動や運命、在り方を相補的に定めるだろう。それが本名ではなく、通り名であっても同じ事だ。
地獄を蒐める。俺の両親が、妹が生きながらに黒い火に巻かれて絶命したまさに地獄のようなあの光景は、奴にとってはただの蒐集物の一つだったという事だろうか。
──ふざけやがって。
その通り名の意味する所が分かっているわけではない。だが、俺の考えはそう大きくは間違ってはいないだろうと直感的に察知していた。まだ奴の居場所も素顔も割れていない。だが必ず見つけ出す。そしてその息の根を絶対に俺が止めてやる。
「司條、どうかしたか?」
「……いえ、すみません」
夜蛾学長の言葉で気がつく。無意識のうちに空のマグカップを割らんがばかりに強く握り込んでしまっている事に。ヒビが入っていなかった事に安堵して、そっとマグカップをテーブルの上に置く。
窓の外に目をやると、いつにも増して不穏さを孕んだ闇が広がっていた。少し前に渋谷では改造人間が現れ、一般人を襲い始めたらしい。渋谷にいる術師たちや一般人たちは大丈夫だろうかと、窓の向こう側にぼんやりと視線を向けながら考える。ふと、窓に映る夜蛾学長が俺の方を見ている事に気がついた。
「……司條、お前は──」
俺に何かを問おうとした所で電子音が鳴る。夜蛾学長がポケットからスマホを取り出した。夜蛾学長は、自身が創る呪骸のようなゆるい可愛さが目立つスマホカバーのそれを操作して電話に出る。
「誰からですか?」
「七海だ。……もしもし、夜蛾だ」
妙だなと、七海が電話してきた事を不思議に思う。何かしら不測の事態が起こっても、まずは現場での情報共有を優先するはずだ。高専には七海から情報伝達を受けた補助監督か誰かが報告するだろう。
わざわざ一級のあいつが夜蛾学長に直接電話してくるなんて、よほどの緊急性が高い事態だろうか。俺も少し警戒心を強める。
だが、少し警戒心を強めた程度では何の意味をなさないほど、尋常ならざる事態が渋谷で起こっている事を数瞬後に俺は知る事となった。
「な! 悟が封印されただと!?」
「──は?」
夜蛾学長のその言葉が意味する事を理解できず、俺は自分の耳を疑った。最強の敗北。ありえない。いや、あってはならない事態だ。俺の知る限り五条さんは文字通り最強。比喩でも誇張でもなく、それが純然たる事実。過ぎ去った時が戻らない事や死者が蘇らない事と同等の、世界の絶対則といっても過言ではない。
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