ハーメルン
DESIGNED LIFE
第2話 特型ヒュージ追討指令

 一柳結梨。その名は本名とも、そうでないとも言えた。何故ならば彼女には元々名が無かったし、名付けるべき親も存在しなかったのだから。
 とある研究機関によってヒュージ細胞を基に作り出された人造のリリィ。それが結梨の正体だった。
 ひょんなことから百合ヶ丘女学院に保護された結梨だったが、鶴紗たちと同じ隊に入り、リリィとして学び、出自を明かされ一度は政府や研究機関から追われる身となった。その果てに、学院を襲うヒュージと交戦して命と引き換えにこれを打ち倒した。マギの光の中に散っていった。

 ――――そのはずなのだが、実際は生きていたのだ。

 結梨生存の事実が百合ヶ丘のリリィたちに公表されたのは、由比ヶ浜ネストが撃破されて少しばかり経った時のこと。それまでは離れた場所で匿われていたらしい。表向きは戦死扱いのままで。
 鶴紗に詳しい事情は分からないが、再び結梨が追われる事態にならないよう、理事長代行が方々(ほうぼう)に根回しをしていたのだとか。そういう事情ならば、結梨と皆の再会が遅れたのも致し方ないだろう。
 結梨の保護者代わりの少女、鶴紗たちのリーダーでもあるその少女の嬉し泣きといったら、今でも鮮明に思い出せるほどだった。かく言う鶴紗も、あの時ばかりは目頭が熱くなったのを覚えている。
 そして結梨のリリィ復帰後、暫くしたある日。

「鶴紗さん! 結梨ちゃんのこと、よろしくお願いします!」

 神妙な顔をした結梨の保護者から、そう言われて頭を下げられた。隊の皆で話し合った結果、結梨にも他のリリィと同じく相部屋での共同生活をさせるべきだと判断されたから。
 鶴紗が同居人に選ばれたのは、同じくワケありで既に特別寮に部屋を持っていたためである。

(よろしく、って言われてもな)

 当初はそんな風に思っていた鶴紗も、この生活に慣れつつあった。昔に比べて丸くなったせいだと、鶴紗自身にも自覚はある。

「ねえねえ、なに買ってきたの? なになに?」

 買い物袋を持つ右腕を揺さぶられ、鶴紗は回想に浸っていた意識を現在に戻す。
 何でもない風を装って結梨の手を制し、袋の中から本日一番のお目当てである缶詰を取り出した。

「今日新入荷の『EX猫缶ガーリックペッパー味』だ」
「おー。それって美味しい?」
「これから確かめる」

 期待半分疑問半分の結梨の前で、缶の一つを開けて用意した皿に盛り付けた。
 まず鶴紗がスプーンで一口。ゆっくりと噛み締めて味わっている内に、結梨が待ちきれないとばかりに後に続く。
 本来、猫にガーリック……すなわちニンニクは毒となる。ニンニクはタマネギの仲間で、共に猫を害する成分を含んでいるからだ。
 そんな猫たちのために、ニンニクの成分を含まずニンニクの味を再現したのがこの『EX猫缶
ガーリックペッパー味』である。購買の入荷予告の張り紙でこの品を目にした瞬間、普段は不信心な鶴紗に天啓が降りた。「猫の先駆けになれ」と。
 鶴紗は無類の猫好きだった。

「うん、胡椒は強過ぎず弱過ぎず。肝心のニンニク要素は、辛味はともかく香りは再現できてるな。不満はあるが、まあチャレンジ精神に免じて――」
「これ、味うすーい!」

 鶴紗の論評は溶けかけたバターの如く両断された。

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