第8話 東へ
広い空間の簡素だが機能的な生徒会室の中、お姉様共々丸椅子に座る梨璃は、正面に座る人物の言葉をおっかなびっくり待っていた。
「梨璃さん、夢結さん。急な話ですが貴方たち一柳隊に――」
「すみませんでしたぁ!」
梨璃による突然の平身低頭に、話を持ち掛けた出江史房は大きく目を瞬いた。
「急にどうしたのです」
「だってこの前、真鶴で特型逃がしちゃったじゃないですか」
不甲斐なさと申し訳ない気持ちで言葉が尻すぼみになる。
そんな梨璃の様子を見て得心がいったのか、小さく息を吐き出してから史房が口を開く。
「その件は既に十分報告書を書いてもらいましたから。確かにあのようなヒュージを仕留めきれなかったのは痛手です。他のヒュージを利用し指揮するような特性、あれがいずれかのネストに帰還して態勢を整えたら大きな脅威になるでしょう」
戦闘で手傷を負いながらも生還してヒュージネストで修復を受けたヒュージをレストアと呼んでいた。実戦経験を積んで戦い慣れたヒュージが脅威なのは以前から知られていたこと。
しかしあの特型の性質はその程度の話ではなかった。人間で言うところの戦術を駆使していたと言っても過言ではない。
「ですが、そもそも逃亡行動に出た高速飛行型のヒュージを補足するのは極めて困難です。それが慎重な個体なら、なおの事。遭遇戦などではなく、しっかりとした作戦を立てて臨む必要があるでしょう」
「はい。でも、強くなったあの特型がまたやって来て、街やリリィを襲ったらって思うと、早く何とかしなきゃ」
「その危惧はもっともですが、貴方たちだけで対処する問題でもありません。現在、特型ファルケは京都方面にて目撃情報が取れました。百合ヶ丘の他のレギオンや、他のガーデンでも情報収集に務めています。しかる後に討伐作戦を練ることになるでしょうから、ひとまず特型の件は脇に置いてください」
「はい……」
百合ヶ丘の軍事を預かる史房から丁寧な説明を受けても、梨璃の表情は優れなかった。
少々の沈黙。
それを破ろうと話を切り替えたのは、梨璃の横で黙していた夢結だった。
「それで史房様、本来の御用件は何なのでしょうか?」
「ええ、本日来て頂いたのは、一柳隊に別件での外征任務を与えるためです」
その言葉に、梨璃は俯きかけていた視線を上げて目をパチクリとさせた。前の外征に失敗したのに、また新たな外征任務に就かせると言われたのだから。
「貴方たち一柳隊には、聖メルクリウスインターナショナルスクールからの応援要請に基づき、近々実施が予定されている海上防衛軍横須賀基地での観艦式警備任務に当たってもらいます」
「警備、ですか?」
梨璃が確認するように呟いた。
「と言っても、その主旨は観艦式に付随して開催される基地祭の警備にあります。決して手を抜けるようなものではありません。が、訓練や戦闘とも違った良い経験になるでしょう」
初めは事務的で淡々としていた史房の口調がだんだんと穏やかなものになっていた。
「あのっ、頑張ります! あ、いえ、レギオンの皆と検討します」
「ふふっ、そうね。よく考えてちょうだい」
少し元気を取り戻した梨璃に、史房が頬を緩めて笑みを浮かべる。
厳しい人間の多い三年生の中でも、史房は下級生に優しい方であった。無論、訓練や指導には厳しいが、それも役職を考えれば当然と言える。
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