アグネスタキオンに誘われ、俺は彼女の研究室――ラボとかいう場所に連行された。
とりあえず椅子に掛けたところで、彼女はほぅと息をついた。
「私の研究にとって君は有益だ。君にとっても同じだろう」
「どうした急に。何を研究してるんだ、タキオンは」
お互いに敬称や話し方は気にしないことにしていた。無駄に数音話す時間が勿体ないらしい。気持ちはわからなくもないので、俺も年の差を気にせず話している。
彼女はふぅンと声を漏らした。
「端的に言うと、ウマ娘の最高速度の向こう側を見たいのさ」
「……つまり速く走りたいってことでいいのか?」
「野暮な言い方だなぁ。ウマ娘の最高速度、定説は知っているだろうが――それを超える可能性を探っている」
やっぱりただ速く走りたいだけじゃないか。自覚しているらしく、タキオンは目を逸らし俯いた。
なんだか馬鹿みたいな研究目的だが、気持ちはよくわかる。走って負けた果てに好奇心に突き動かされた自分とそう違いはない。それに、俺もウマ娘と同じ速度で走りたいと思ったことはある。
速度を求めていることに変わりはない。違うのは人間か、ウマ娘かだ。
「……確かに、協力できそうだな」
「おぉっ!」
「中身について話そうか。あぁ、でも明日は平日か。もう夜になるし、ここは日を改めて」
「それはひどいんじゃないかい? 私は今、大変に興奮しているんだよ」
タキオンは少し上気した顔をしていた。恍惚とした表情は艶かしいが、舌なめずりは乙女ではなく爬虫類のそれだった。
「さぁさぁ。研究について、思う存分に語り合おうではないか!」
宴が始まった。
結論。俺と彼女の目的は一致しているが、方向性が違っていた。そろそろ寮の門限という頃合いになって、俺は話をまとめに掛かった。
「タキオンの研究は主に脚に着目している、ってことでいいんだよな」
「あぁ。もっとも脚だけ頑丈でも意味はない。それ以外も研究しているがね、君には負ける」
彼女の研究は主に脚部の強化に主軸が置かれている。実際、足を速くするならそれが一番だろう。
一方、俺は違う。そもそも人間である我が身では、脚だけウマ娘に取り換えたところで宝の持ち腐れになる。そのため全般的な強化が必要で、器用貧乏になってしまった。
「心肺能力、脳機能、尻尾なしでのバランス維持……私のプランAもなかなか難しいが、君の目標はそれ以上だと言って良いだろう」
プランAという単語は何度か聞いていたが、意味は教えてくれなかった。足の強化が目的らしい。プランBも速度の追求が目的だというから、何が違うのかはわからなかった。とりあえず、研究成果を渡してみようか。
「飲んでみるか。俺の薬を」
「いいや、やめておくよ。効果が弱すぎる。ウマ娘で実験したいという君の気持ちは、よーくわかるけど」
「なら仕方ない。副作用も大きいしな」
俺の薬の到達点は、日常生活での身体能力が若干低下する代わりに、レース時……つまり、力を出したい時に増強させる薬だ。あまりにも効き目が強すぎると、それこそ軽い風邪ですら死の危険が付きまとうようになる。実用するとなれば、かなり薄めて使わざるを得ない。
「君は案外、健康そうだね」
「効能を弱めて使っている。それに俺は成人男性だ」
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