2ヵ月の時が過ぎた。まもなくメイクデビューとなるが、我々のこなしてきた内容は基礎トレに基礎トレ、あと基礎トレと基礎トレーニングだ。俺自身の知識とタキオンの知見を活かして作った基礎トレーニングだから、普通のよりは効果が高い……と、信じたい。
ただ、不安なのは今後だ。タキオンには明らかに次のステップに進むつもりがなく、偏執的とも言えるほどに基礎トレーニングだけを続けていた。無論基礎が重要なのは理解できるが、それだけで勝てるというわけではない。
”時期が来たら切り替える”と言っていたが、考えるまでもなく信頼性はゼロだ。
何とか別のことも取り入れられないかと考えていると、驚きのニュースが飛び込んできた。メイクデビューを1週間後に控えているが、ここ最近はトレーニング続き。休憩も兼ねた一計を案じることにした。
毎日朝食後、トレーナー室で顔を合わせるうち、何となくだが彼女との信頼関係ができてきたように思われる。それが良いことなのかはわからないが、駄々をこねても良いと思われているらしい。それが舐められているのか信頼の証かは不明だが。
今日もタキオンは眠そうだったが、それでも一応来てくれてはいた。
「タキオン。少し提案がある。いいか?」
「ふぅン? 珍しい。聞くだけ聞こうじゃないか」
「トレーニングについて少し、趣向を変えてみようと思う。先に言っておくが根本的に方針を変えようというわけではない」
「前置きは良い。それで?」
「実は今週末、あるレースがあるんだ。おい、つまらなそうな目をするな」
「観戦をしようって言いたいんだろう。無論意味がないとは言わないがね、私はそれより――」
「シンボリルドルフ会長が出る」
「……ほう?」
「なんでそうなったのかは知らない。が、急遽出走となった」
「なるほど、会長が。知らなかったな――宝塚記念かい?」
「その通り。どうせレースなんてほとんど見たと言いたいんだろうが――シンボリルドルフのレースならば見る価値がある。他の面子もGⅠ、春のグランプリだ。豪華な面子が揃っている。で、どうだ?」
タキオンは脚を組み俯いた。基礎トレからの変更はやはりまずかっただろうか。
「無理に、と言うつもりはない。トレーナーである以上従って欲しい指示はあるが、これは相談だ」
「……ま、良いだろう!」
吹っ切れたような声だった。
「関西ならではのデータが取れるかもしれないからねぇ。しかも今回は労働力もいる。君、運転免許と車は持ってるかい?」
「両方持ってるが、おい。阪神レース場まで運転しろって言う気か? 何百キロあると思ってるんだ」
「もちろん。何十キロもある精密器具を抱えて走っていけと言うのかい!」
なら行かない、と言い出すのは明白だった。溜息をついて承諾する。
結局今日のトレーニングは取りやめとなり、荷造りに追われるのだった。
金曜日の夜、俺は栗東寮前までタキオンを迎えに来ていた。いかに学園内とはいえ真夜中に女性一人はまずいと思ったのだ。ただ、これが良くなかった。厄介ごとに首を突っ込むことになってしまったのだから。
「ヤダヤダー!」
美浦寮の前を通りかかった時、駄々っ子の声が聞こえた。それはもう明らかに子供のもので、そうとくれば多分ウマ娘のものだ。もちろん門限は過ぎている。
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