アイシャAfter②その日
甲龍暦443年。
グレイラットの名簿から外れ、ただのアイシャとなっていた彼女はアスラ王国にいた。
アスラ王立学校を卒業し、女王アリエルのもとで行政に携わっていた。
転移事件の後、少しずつ復興が進められているフィットア領の再興計画である。
限られた予算をいかに配分し、どの部分に力を入れるか。
広大なアスラ王国といえどフィットア領ほど豊かな土地を遊ばせておくわけにもいかず、再開発は急務といってもよい。
アイシャは担当者と折衝を繰り返していた。
以前のアイシャであれば、そんなものは無駄なもののひとつだと考えていただろう。
能力以上の予算を渡しても能力分しか返ってこない。
能力以下の予算では失敗するだろう。
つまり、適正な予算をこちらで考えて有無を言わさず渡しておけばいいのだ。
しかし、アスラ王立学校での経験を経て、アイシャの考え方は変わった。
時に、人の持つ思い、情熱、執念、そういったものがアイシャの予想を覆し、能力以上の成果をあげることがあるのだ。
同級生の成績に、研究に、時に人付き合いの中でアイシャはそういうケースを多々目撃した。
それをアイシャは「きれいだ」と感じた。
予想された範囲で、予想された結果を返すのが当たり前のはず。
その条理を人の持つ熱意が覆すのだ。
それを知って、アイシャは相手が心の底に秘める思いの強さを見抜くことができるよう心掛けるようになった。
だから、フィットア領再興計画の折衝は白熱していた。
時に議論は深夜に及ぶこともあったが、アイシャは日々やりがいを感じる生活を行っていた。
‐‐‐
その日。
アイシャは定例のアリエルへの報告のために王宮を訪れていた。
謁見の間でいつも通りの報告を終えた後、アリエルが言った。
「アイシャ。今日はあなたに逢わせたい方がいます。別室に来てください」
「えっ、……はい」
いつもの取り澄ましたアリエルの目に、少しいたずらっぽい色が混じっているのが見て取れた。
まぁアリエルはいつもそんな感じなのだが、この日のものは少し違う毛色を感じ取れた。
アイシャの頭は急速に回転する。
もしかして。もしかして。時期はそろそろのはず。卒業式の日は何日だっただろう。
さすがにアスラ王国にいながらシャリーアにある魔法大学の日程は把握できなかった。
アスラ王国まで来るには。いや転移陣があるからそこは問題じゃない。
‐‐‐
アリエルに招かれ、別室に入った。
中にいたのは若い青年だった。
旅姿に近い格好で、背中に軽く荷物を背負っている。
腰に1本の剣を下げている。
背はアイシャよりやや高い。体格は細いが引き締まっている。
何より特徴的なのは染料をぶちまけたかの如く深紅の髪だ。短く切りそろえられている。
若干クセが入っているのは母親の血筋によるものか。
柔らかく、しかししっかりとした意思を込めた眼光が、アイシャに向けられた。
ゆっくり微笑み、両手をひろげ、言葉を発する。
「……アイシャ姉」
記憶にあるよりもずっとたくましくなった姿。
強さよりも幼さのほうが目立っていた顔つきは、年を重ね自信に満ち溢れたものとなっている。
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