5.ひとつしかない
麻真とシンボリルドルフの二人が駆け出す。
二人が走るコースは芝、距離は二千四百メートル。バ場は良、天候も晴れとコース状態は最適だった。
今回、二人が走るこのコースはスタートからすぐコーナーに入る。一周をするコースである以上、必然的に最後は長い直線になるスタートの配置となっていた。
エアグルーヴのスタートで、二人は走り出していた。スタートでどちらも出遅れることもなく、二人が同時にスタートしている。
同時に二人が駆け出して、まず先に動いたのは麻真だった。二人しかいない競争になるが、彼はシンボリルドルフより先に前に出て先頭を走る逃げの位置についた。
前に出た麻真を見てシンボリルドルフがすぐに彼が“逃げ”の作戦を選んだのを察知すると、彼女は逃げる彼に対してすぐに自分の位置を合わせていた。
麻真よりやや後ろ、彼の二バ身後ろにシンボリルドルフが位置につく。本来、差しウマ娘である彼女には珍しい先行の位置だった。
そして第一コーナーから第二コーナーに入る最中、シンボリルドルフが気づいた。二千四百メートルという長距離では、基本前半は緩やかに走る。後半に差し掛かるにつれてペースを上げ、ラストスパートへ入るのが大まかな流れになる。
しかし麻真の走るペースが予想よりも速いことに、シンボリルドルフは彼の意図を即座に理解していた。
(麻真さん! 簡単に“それ”をさせるほど――私は弱くないぞ!)
シンボリルドルフが麻真の背中を見据える。決して彼に先頭を独占させるつもりはないと。
麻真はこのレース、シンボリルドルフのことなど置き去りにして最後まで先頭を走り切るつもりであると、彼女は理解させられた。
麻真の走るフォームを見る限り、彼はまだ全速で走ってはいないとシンボリルドルフが推察する。麻真はまだ前傾姿勢になっていない。ということは、まだ彼は速くなることをシンボリルドルフは理解していた。
しかし簡単に置いていかれるつもりはない。いくらハイペースと言えど、シンボリルドルフは意地でも彼の背中を走る意地があった。
ずっと長い間――この背中を見たかったのだ。
過去何度も見てきた景色。麻真が前を走り自分が彼の背中を追い掛けるこの景色が、シンボリルドルフには懐かしくて堪らなかった。
麻真の走るフォーム。それは彼の人生を表しているとシンボリルドルフは思っていた。洗練された無駄のない美しいフォーム、それは人生の全てを注いだ結晶とでも言える姿だろう。
その姿を、こんなにも間近で見ることができる日々が過去にあった。それはシンボリルドルフにとって、自分の誇りとも言えることだったのだから。
こうして彼の背中をずっと追っていたい。そう思うシンボリルドルフだったが、彼女は望んだのだ。麻真に全力で走って欲しいと。
全力の麻真と走るならば、自分も失礼な走りはするつもりは毛頭ない。故に、シンボリルドルフはそれが当然と言わんばかりに麻真の後ろから離れるつもりはなかった。
(貴方を逃すつもりはない。最後で貴方を“差す”ッ!)
麻真に闘志を剥き出しにして、シンボリルドルフは一向に“走る速度を変えない”彼の後ろにしがみつくように走っていた。
◆
「……速過ぎる。アイツ、かなり飛ばしてるな」
二人のレースを見ていたハナが、手に持っていたストップウォッチを見て顔を顰めた。各ハロン毎のタイムが速過ぎる。ハナの隣にいたメジロマックイーンもハナの手に持つストップウォッチを確認して、目を大きくしていた。
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