パンダの絶望
乙骨憂太が阿部高和を目撃した際の第一印象は事務員か、清掃員のようだであった。
それくらい違和感なく、呪術高専の正門付近に佇んでおり、清掃中のように見えた。
「そこの兄ちゃん。ちょっといいかい?」
「あ、はい。僕ですか」
「狗巻君いるかい?」
「今ならたぶん教室にいますけど」
「そうか、ありがとう」
軽く頭を下げて、青いつなぎを着た男は乙骨の横を通り過ぎようとし、そこで一旦立ち止まった。
「兄ちゃん。そのなんか憑かれてるみたいだけど、大丈夫か?」
「え、その、分かるんですか?」
「なんなら、祓ってやろうか」
「いえ、里香ちゃんは僕の問題ですので」
「そうかい、なら頑張れよ」
なんで里香のことが見えたのか、何故祓えると言ったのか、歩き出そうとする青いつなぎの男に訊ねようとしたその直後、背筋に何か嫌なものを感じた。
「ん、どうしたんだい?」
相変わらず、朗らかな笑みを浮かべている青いつなぎの男がいるだけだ。
「あの、狗巻君に何のようですか?」
「ん、ああ。面白い術式を持っているし、タイプだから、ちょっと、一発やろうかと」
「……あなた一体何者ですか?」
そこで乙骨は改めて違和感を抱いた。まるで敵意は感じないが、何かがおかしいと。
「俺かい?阿部っていうんだ。よろしく」
「阿部。阿部高和?」
「そうだけど」
あまりに自然体だった。まるでちょっと散歩に来た程度の感覚。本当にただ、知り合いに会いに来た保護者にしか見えない。それだけに異常性が際立っていた。
『憂太に触るなぁ!』
何の前触れもなく、里香が出現、巨大な両手で阿部高和を叩き潰そうとした。
しかし、乙骨はその行動を咎めることをしなかった。あまりに違和感が無さ過ぎて、普通に会話をしてしまっていたが、ここは呪術高専の敷地内。一般人が入れるはずがない。なのに、この青いつなぎの男は平然と入っており、まるで勝手知ったる我が家のように寛いでいる。そして、なにより『阿部高和』については何度も教師である五条とその補助監督である夏油から話を聞いていた。
「と、特級呪霊 阿部高和!」
「俺のこと、知ってるのかい?」
「夏油さんの術式を返せ!」
「昔、俺が掘った誰かかな?」
被害者の名前すら認識していない。その事実が乙骨の怒りに火をつけた。
「お前のせいで、夏油さんがどれだけ苦しんだと思っている!」
『リカ、オマエ、キライ』
折本里香による拳の嵐が阿部高和に降り注ぐが、腰を前後させる動きだけで器用に躱される。
「ん、兄ちゃんは後一年か二年したらタイプなんだけどな」
「ぜ、全然当たらない」
「そらぁ、こんだけ大振りだとなぁ」
万が一、五条がいない場所で遭遇した場合の対処方法は聞いていた。距離を開け、決して近寄ってはいけない。対処は里香に任せ、遠距離から指示しつつ、攻撃。その間に逃走経路を探すか、女性の味方を呼ぶ。最悪、誰かが騒ぎに気が付いてくれる。
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