10 - 絵画世界2
「ベルカ様。どういうことですか。私をたばかったのですか?私はそんなに信用できない女ですか?」
グウィンの聖堂からも画家の住まいからも遠く離れた暗がりで、キアランは小声でベルカに訴え続けている。ベルカは涙をボロボロこぼしながら震えるばかりだった。
「ベルカ様。お願いします。怒っていませんから、どうかお話しください。どうか」
「…怒ってない?」
「いまさらあなたのことで怒ったりしませんよ。裏切っていたのだとしたら、少し、悲しいですけど…」
「じゃあ言えない」
「わかりました。悲しくもなりません。約束します。ですからお話しくださいな」
努めて優しくキアランが言う。その声にようやく落ち着いたベルカは、ぐずりながら恐るべき事実を告げた。
* * *
「はぁ…」
キアランが天を仰ぐ。「王はどうしてこう厄介な方ばかり妃にしてしまうのか」
「うー…」
「泣きたいのはこっちですよ。ほらベルカ様。お腹の子がびっくりしますよ。元気出して」
懸命にはげますキアラン。けれども泣きたいのは本当だった。
まさかシースとおやりになっていたなんて。けれど、ベルカの腹に宿るのがシースとの愛の結晶だったとすると全ての辻褄があってしまう。
大王グウィンは純粋な神族としか子を為せない身体だった、と。
ゆえに、最初の妃とは子を作れたものの、シースの娘やイザリスの娘といった『混ざりもの』の神族とはいくら交わっても子を為せない。ただ、それが真実だとすれば、これまで犠牲になってきた妃達はいったい何のために死ななければならなかったのか。
「ベルカ様。よく聞いてください」
キアランはベルカの両手を取って言う。
「堕ろせばベルカ様は助かります。産めば二人とも命はありません」
「どっちもやだ」即答した。当然だった。「私だけ生き延びるなんて絶対やだ」
「ベルカ様」
「どうしてそんなひどいこと言えるの?もしキアランがアルトリウスとの間に子供ができて堕ろさなきゃ子供ともども殺すって言われたら堕ろせる?」
「ベルカ様いいですか。これはベルカ様の問題なんですよ。ああ、なんてこと。私がわずかでもあなたを見失った失態がこんなことになってしまうなんて」
たまらずキアランもぐずりだした。互いに一度の過ちでとんでもないことになり、こんな誰もいないところで二人して泣いている。
「も、もしかしたら本当にグウィンの子供かもー…なんちゃって」
現実を忘れたいのか、鼻をすすりながらベルカが冗談を言った。
「あれだけ子供ができなかった後でそう言いますか」
「でも万が一、億が一、兆が一、グウィンの子供だったら、絶対産まなきゃ、だよね…」
「ええ。可能性はゼロではありませんが」
とっさの冗談だったがベルカの言うことにも一理ある。「つまりお腹の子の父親は公爵である可能性が高い。ただ万が一、王の子だった場合に備え、対策をとらなければならないと」
「うん。そうそう」調子の出てきたキアランの手をベルカがぶんぶんと振る。
だとしたら。キアランは顔をそらし、しばらく考えてから視線をベルカに戻した。白磁の仮面の奥から、強い決意を秘めて。
「ベルカ様。今までお世話になりました」
「え?」
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