05 - アノール・ロンド2
この高い吹き抜けはどこまで続いているのか。ひたひたと反響する自分の足音さえ不気味に、アノール・ロンドでも群を抜いて大きな聖堂は静まり返っている。ここは謁見の間。壁際にはびっしりと騎士が身動き一つせず整列し、最奥の玉座に腰掛けているのが世界の主、輝ける太陽の光の王グウィンその人であった。
何も知らされないままベルカはここまで誘拐されてきた。真っ直ぐ進んで言われたとおりにしろ、と騎士に伝えられるまま、おずおずと進むしかなかった。
「王の御前である」真横で甲高い声が響きわたった。そう。こんなときは…
ベルカはおずおずと片膝をつき、頭を下げた。
「イザリスの次第を述べよ」再びの甲高い声。
「イザリスは…滅びました」
ベルカの答えに騎士達が一瞬ざわつく。だがすぐにグウィンの目を思い出し、静寂を取り戻す。
「『はじまりの火』はいかがであったか」
「ええと…失敗しました」
「なぜか?」
「火力が足りなかったから、でしょうか」
「火が弱まれば消えるだけであろう」
「…足りないと深淵になる」
「聞こえぬ」
「あの…ビッグバンの出力が小さいといずれ収縮する、そんな感じのことが起きそうだったというか…」
「陛下」
玉座のそばに立っていた獅子頭の騎士が何か耳打ちをする。それを受け、初めてグウィンが口を開いた。
「娘よ。生き残ったのはお前だけか」
ズズンと腹に響く、低く重い声だった。続けてグウィンは言った。「母君も、他の姉妹も助からなかったのか」
「えーと…たぶん、生き残ったのは私だけかと」
「よかろう。ではお前は今日から余の妻だ。一日も早い王子の誕生を祈っているぞ」
そう言うとグウィンは肘掛けに両手をついて立ち上がり、獅子頭の騎士とともに去っていった。
へ?
間もなく謁見の間が慌ただしくなる。ただ一人、ベルカだけが呆然と立ち尽くしていた。
え?何て?…妻?
「…様。姫様」
聞き覚えのある声が耳に届いた。謁見の間で最初に呼びかけてきた女だ。
「すべてお話いたします。どうぞこちらへ。お召し替えもいたしましょう」
ベルカの頭は真っ白だった。ふらふらと手を引かれるまま、やがてふかふか、フッカフカのベッドの端に腰掛ける。
「代々、王妃しか入れない寝室でございます。もう百年ほど使われておりませんでしたが、手入れは欠かさず、極上の寝心地を保ってきたんですよ。いかがですか」
「…ふかふか」
「それはよかった。ではお召し替えいたしましょう」
数人の侍女が入ってきて、ベルカの悪臭極まりないローブを脱がせ、バラの香りが染み込んだ絹で隅々まで身体を拭き、ウェーブのかかった長い黒髪を丁寧にとかし、一枚の羽根よりも軽く薄い衣装を着せると、メイク、ネイル、ペディキュアが施された。
「ああ、姫様。なんとお美しい」侍女たちが口を揃えて褒め称える。確かに、先ほどまで海をただようゴミのようにみすぼらしかったベルカの姿は、まるで太陽の王女グウィネヴィアのように愛らしい色気を放っていた。
「これなら王も満足していただけるでしょう。早速お呼びいたします」
そう言って部屋を去ろうとする女の腕をベルカがつかんだ。
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