06
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「なんであんなヤツ連れてきたのよ」
遅れてやって来たオグリキャップの、ウォームアップを眺めながら。
思わず呟いた言葉に、アイツが言葉を返してきた。
「……もしかして、仲が悪かったか?」
「そういうわけじゃなくて」
次元が違うというか、レベルがかけ離れているというか。
上手い言葉が見つからなくて、思わず頭を抱えた。
「知り合いだったの?」
「去年、何回か期間を開けて彼女のトレーナーをしていた」
「……マジで?」
「基礎を見てやったのと、レースに出走する時に名義を貸す程度だったが」
コイツが誰かのトレーナーをやっていたことにも驚きだけど、それよりも。
オグリキャップみたいなヤツに、専属のトレーナーがいないことの方が驚きだった。
「アイツ、自分のチームはないの?」
「ああ。色んなチームを転々としている」
「なるほど、人気者ってワケ」
「逆だ。押し付け合ってる」
返ってきたその意外な言葉に、思わず首を傾げた。
「押し付け合いって……アイツくらいの実力なら、どこも欲しがるでしょ」
「そうだな、でも逆に彼女を勝たせられなかったらどうなると思う?」
「……全員アイツにビビってるってこと?」
「でも、まだそれは本人が自覚しているからいいんだ」
というと。
「食費が」
「ああ……」
ぬるっとした納得と、アイツのウォームアップが終わったのは、ほとんど同時だった。
土を蹴る音と共に、軽く汗を流したオグリキャップがこちらへ近づいてくる。
「すまない、待たせたな」
「調子はどうだ?」
「いつも通り」
そうやって親指を立てたオグリキャップは、ふと私の方へと振り向いて、
「今日からよろしく頼む、ナリタタイシン」
「え? ああ……」
差し出された手に少し戸惑いながら、こちらからも握り返す。
アイツの顔を見ると、少しだけ不器用な笑みが、口元に浮かんでいた。
「では、二人ともスタート位置に」
アイツに言われた通りに、指定の位置へ。
オグリキャップが自分から外の方へ言っていたから、内ラチ側に。
「模擬レースの距離は芝の二〇〇〇の中距離。君の脚質には合っている」
「……後は、走り方?」
「そうだ。オグリ、君は自由に走ってくれ。ペース配分やスパートのタイミングも任せる。ただ、手加減はしないように。手を抜いたと分かった瞬間、日曜の焼肉は無しだ」
「わかった」
声が聞こえたその瞬間、隣からぞわり、と圧がかかってくるのが分かった。
……もしかして、焼肉で? どんだけメシ食うの好きなんだ、コイツ。
「タイシンは昨日教えた通り、とにかく脚を温存すること」
「わかった」
「それと、できればオグリのペースに合わせること。だが、逆に呑み込まれるのも良くない。今回はオグリしかいないが……本番では、先頭のペースを察してレース全体の展開を把握、そこからいつスパートをかけるか意識すること。多くなったが、これらを感覚で掴むことが今日の目標だ。いいな?」
「……うん」
とにかく、昨日の走り方を意識したレースの雰囲気を勘を掴め、って言いたいらしい。
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