青色
真っ白な紙に1本、また1本と線が描かれていく。その線は縦横斜めと縦横無尽に駆け回り1つの絵を完成させようとしていく。
校舎を駆け回る喧騒の音色は僕には一切届かず一瞬のコトの様に去っていく。
ゆら、ゆら、と机の上に乗っている彼女の足が前後に揺られるのを目の端で捉えながら淡々と作業をこなしている。
「あまり足を動かされると、書けないかな」
「ご、ごめんね……ジッとしてるのあまり好きじゃなくてね」
僕がそう言うと彼女は揺らしていた足を止めた。蜜柑色の夕陽に照らされる彼女の横顔を、その一瞬の鮮やかな輝きを失いたくなくて、無心に筆を走らせる。
彼女の横顔から見える口角が少し上がるのに気がついた。
「何か、嬉しいことでもあったの?」
再度筆を走らせながら僕は彼女にそう質問をした。すると、彼女は僕の言葉には何も返さず1人鼻歌を歌い始める。僕には音楽の知識なんてモノは存在していなくて、人並み以下だったけど彼女の奏でるそのメロディーはオレンジ色だって思った。彼女の陽気な鼻歌が僕の日常を明るく染める。このなんてことない瞬間にも次々と色づいていく。
そのメロディーはオレンジ色だって思った。彼女の陽気な鼻歌が僕の日常を明るく染める。このなんてことない瞬間にも次々と色づいていく。
「キミが私を描いてくれることが嬉しいんだよ!」
僕が質問をした時からまた更に夕陽は傾いた頃に、時間差で彼女が僕にそう告げた。そして気がつくと彼女の足はまたしても前後にゆらゆらと揺れていた。ソレはまさにDanceをするかの様だった。
少しだけ、ほんの少しだけ書き進めていた手を止めてみる。手を止めた僕を彼女は気がつくはずもなく、相変わらず鮮やかな横顔を晒し、鼻歌を歌いながらゆらゆらと揺れていた。
綺麗な横顔はモデルの様で、鼻歌を奏でるその姿はステージで1人歌うアーティストの様で、ゆらゆら揺れるその動きはダンサーのようで、僕の心を高揚させていた。
「あれ? もしかして書いてない?」
彼女のことを見過ぎたせいか、彼女自身もそのことに気がつき驚きの表情をしていた。蜜柑色に染まっていた頬も今は優しく上品な色合いに変わっていた。
ソレの色を例えるならなんだろうな、一重梅と言った所かな。彼女はそうやっていつも、僕に新しい彩りを見せてくれる。
あの日彼女に出会ってから、僕は下を向く数も随分と減った気がする。後ろ向きだった僕を変えてくれたのは間違いなく彼女のお陰で感謝しているけど、僕にソレを彼女に伝えることはできなかった。だから、感謝の気持ちを込めて、精一杯のありったけを込めて、この筆を走らせる。たかが平たい白紙の紙でも温もりを感じさせて、自分の気持ちを貼り付けて彼女に届く様に。
「キミの横顔が綺麗でつい、ね」
こちらを向いていた彼女の顔がいつのまにか後ろを向いていた。僕が描いていたのは彼女の横顔な訳で後ろを向かれると書き進めることができなかった。
「後ろを向かれると描けないかな」
「き、キミはずるいよ……」
少しだけ青色を感じさせる様な声音で彼女が言葉を紡ぐ。いきなりそんなことを言われても心当たりはなく、僕は困惑の色を見せる。
まだ、こうやって人との距離感をどうしたらいいか分からなくなる時がある。
僕の知らないコトをたくさん教えてくれる彼女。その初めてが僕にはどれも新鮮で赤や黄色や緑と色づいていく。それでも、そんな温かみのある色だけじゃなく黒や青や紫と言った暗い色でも心を塗りつぶされる時もある。
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