10.天皇賞(春)
3月下旬。夕方。日経賞が終わった次の日。日曜日。
トレーナーのマンションにて、マンハッタンカフェとトレーナー、2人だけの作戦会議が始まった。
リビングのソファに座らずトレーナーは胡坐をかき、マンハッタンカフェは膝を崩して、なぜかお互い床に座って向かい合っている。
「次の天皇賞まであと1ヶ月だ」
「はい」
「足の調子はどうだ?」
「思ったより…悪くありません」
不幸中の幸いか、日経賞での惨敗を喫したマンハッタンカフェだが、却って無理な負担が足に掛っていないようだった。
それに頷くと
「念のため、明日は医者に行くぞ」
とトレーナーは念押しした。
それに素直に頷くマンハッタンカフェ。その瞳の色は一年前とは全く違う光を帯びていた。
「カフェ、残りの1ヶ月、どうしたらいいだろう」
「えっと…」
トレーナーの言葉に少し戸惑ったマンハッタンカフェ。
少し考えた後、
「…練習を、もっとしたほうが…いい気がします」
と言葉を吐き出した。
「確かにそうなんだが、俺はそうは思わない。というか、無理をすべきでない、と思う」
とトレーナーは自分の意見を語りだす。
「まずは、足が万全にならないとお前の力が発揮できないと思うんだ。治療をつづけながら、足を万全にすることが第一じゃないかなって…」
少し自信なさげに頭をかきながら話すトレーナー。
目の前の若いトレーナーのどこか自信の足らない言葉に、妙な安心感を覚えてしまうマンハッタンカフェである。
「…いいと、思います」
すこし微笑みながら彼女はそう答える。
「そうか!」
「でも」
でも、という言葉に一瞬身を固くしたトレーナー。
そんな彼の態度を一切に気にする素振りなく
「でも、練習は全くしないんですか…?」
とマンハッタンカフェは問いかけた。
「あぁ…」
と少し安心したようにトレーナーはため息を吐き、
「練習は勿論するぞ。ただ、お前にも協力してもらわないと、出来ないトレーニングだがな」
とトレーナーは答えたのだった。
翌日。月曜日。
トレセン学園に登校した彼女が真っ先にしたこと、それは、ユキノビジンとアグネスタキオンに疑似レースを協力してもらえるようお願いしに回ることだった。
「お前のスタミナや脚質を考えると、あと1ヶ月でハードな練習をすることはないと思うんだ。ただ、レースの勘だけは磨いておいた方がいいと思う。だから、疑似レースができる相手をまた探しておいて欲しい」
そうトレーナーは前日に彼女に告げたが、その方針を守るためである。
ユキノビジンは少し涙目になって、協力に賛成してくれた。アグネスタキオンも、いつものように鬱陶しい絡み方をしながらも、最終的には協力すると言ってくれた。ただ彼女のトレーナーの背が縮んでおり、ゴブリンとグレイ型宇宙人を足して2で割ったような姿になっていたのが、非常に気にかかったマンハッタンカフェだったが、敢えて何も言わず彼女はアグネスタキオンの部屋を去った。
これで菊花賞の時と同じメンツがそろった。しかし、マンハッタンカフェの胸中はまだこれで十分とは考えていなかった。
「あと…もう一人…」
もう一人。彼女には心当たりがあった。少しだけ、雨の日に話したことのある人。結露した窓に絵をかいて遊んだだけの人。
そんな人が協力してくれるのかは、さっぱり見当がつかなかった。
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