7.菊花賞
10月下旬、日曜日。
京都競バ場、第11レース。芝3000m、菊花賞。
バ場は良。天気は小雨。
ついにその日がやってきた。
クラシック最後の戴冠、菊花賞が始まりを迎えようとしている。
『雲のカーテンに閉ざされたような京都競バ場に、ファンファーレが吸い込まれていきました。6万人を超える大観衆から大きな声援が興っています』
そう実況が告げる通り、小雨の天気にも拘わらず、場内の熱気は秋雨の肌寒さに負けることなく、強い猛々しさに満ちていた。
「大丈夫かなぁ、カフェさん」
そう心配そうに観客席から見守るのは同室のユキノビジン。
「大丈夫だと思うけどねェ。カフェの様子を見なよ」
隣には皐月賞ウマ娘のアグネスタキオン。彼女の視線の先にいるターフの上のマンハッタンカフェは、確かに落ち着き払っているように見えた。
「2000mの通過タイムですが、ハネダオーバーロードさんが勝ったときは2分8秒のペースでした。かなりのスローペースですね。エアシャカールさんが勝った時のタイムが2分4秒3、これが平均ペースと言われています。対して極端なのがセイウンスカイさんの2分2秒9です。因みにこのレース、逃げウマの彼女が最後に大逃げをしてとんでもないハイペースになりました。今回のレースは逃げウマのマイケルデポジットさんが先導することが予想されますので、2分6-7秒台で推移するスローペースになるのではないでしょうか」
そう甲高い声色で早口で捲し立てるのはアグネスタキオンのトレーナーである。筋肉質な禿げ頭の大男で、瞳孔が開ききった四白眼の瞳からは虹色の光が放たれている。
「は、はぁ…」
その予想を聞きながら愛想笑いを浮かべるユキノビジン。
アグネスタキオンは涼しい顔をしており、決して悪い人ではないとわかっているものの、人間離れしたその姿にはいつも緊張をしてしまうユキノビジンである。
「大丈夫ですか?」
壮年のオールバックの男性、トレーナーの恩師がそう話しかける。
「はい、大丈夫です」
そう言うマンハッタンカフェのトレーナーの表情は非常に硬かった。
この1ヶ月の間、やれるトレーニングはすべて行ってきた。
オープンウマ娘になりたてのマンハッタンカフェに足りていない実戦経験は十分に積んできたつもりだった。
しかしレースがどのような結果になるかはわからない。すべては3分後に決まる未来。
その重圧をただ抱えて見守るしかないトレーナーに対して
「彼女を信じましょう」
と一言、先生は言い、トレーナーの肩をやさしく叩くのだった。
ぼんやりとターフの上に立っているマンハッタンカフェとは対照的に、他のウマ娘たちはどこか緊張しながらも談笑をしている。
マンハッタンカフェとは違い、クラシック路線でしのぎを削ってきたウマ娘たちである。
お互いのライバル関係も、ターフの上での友情も、その緊張感にも慣れている様子であった。
「よっ!お前、初めて見るな」
そうマンハッタンカフェに話しかけてきたウマ娘がいる。
マンハッタンカフェにはその顔がはっきりと分かった。テレビで見たダービーウマ娘、アマゾンポシェットである。
「はい、マンハッタンカフェといいます。よろしくお願いいたします」
「マン…?」
アマゾンポシェットは少し頭をひねった。どうやら名前を覚えきれない様子である。
「まぁいいや!よろしく!」
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