ハーメルン
型月転生
第9話・曙光の前に、散

 使い魔を通じ、ほぼ目の前で起こる激戦を見てもキャスターは冷静沈着だった。身を駆ける激情とは裏腹に、理性は最大限に冷やされている。
 マスターから令呪四画を預かっている。自分の役目は、バーサーカーがどうしても自力で死亡を回避できそうにない場合に空間転移させることだ。
 他にも、バーサーカーの能力値を強化するなどといった行動も任されている。違う陣営が横槍に来たときの対応まで自由にやれと言われている。

 一任されている。よく言えば信頼されている。悪く言えば丸投げ。
 その状況が、不思議と悪く思えなくて。

「……名前、聞いてなかったわね」

 口から溢れた言葉に、少しだけ驚いた。
 聖杯戦争のマスターとサーヴァント。それは所詮即席の主従関係であり、そこにそれ以上の意味は無いと思っていた。
 正直言えば、キャスター自身は聖杯そのものに別段特別な願いを託す訳ではない。呼ばれたから参加してもいいかなと思った、その程度だ。

 そこに強い情動は無い筈、なのに。

「いつの間に、こうなったのかしら?」

 戦闘が膠着状態に陥っているのを尻目に、キャスターは只管に思考の海に埋没する。

 身を焦がす程の強い想いが駆け巡り続ける。まるで天地が回っているようだ。
 恋? いや、神々に弄ばれていた時でさえ、このような感情は皆無。
 視界が明滅する。ソレはいけない。ソレ以上は───と。


 そこに具現していたのは、見るも悍ましい世界であった。
 肉と臓物を縒り合わせたような醜悪なオブジェクトで構成された世界。街灯も、道路も、住宅の垣根まで。全てが全て、肉塊で構成されている。

 地を踏みしめる足は、ぶよぶよとした不快な感覚を克明に訴える。嗅覚はあたりに漂う腐臭とも取れないナニカを鮮明に察知し続けている。
 一度空気の味を舌で味わったならば、食物とは思えないその感覚に吐き気を催すだろう。
 肌を覆う空気の感触も、寒いどころか生暖かく、ネットリとしている。

 五感すべてが狂った世界で、一人の少年が狂笑を上げていた。

『アハハハハハッ……シャレにならんなぁ』

 黒い髪に、何処か中性的な顔。
 あどけなさを醸し出す黒いコートを着た少年は、地に膝をつき、円を何層にも重ねたようなその瞳からは涙が際限なく零れ落ちている。

『何処ぞの少佐でもあるまいに……リアル紗耶とか笑えんなぁ……』

 どんなネタなのかはキャスターには分からなかったが、とにかく苦し紛れに意識を逸らすことによって自分を繋ぎとめようとしていることは理解できる。
 口元が引きつっているのも、無理もないといえよう。

 そして、狂った世界は容赦なく現実を少年に打ち付ける。文字通り五感全てが狂った環境下に置かれているのだから、回避のしようがないのだ。
 目を閉じようとも、纏わり付くような空気の感触は消えてはくれない。世界の全てが、少年に牙を剥いていた。

 やがて少年は、ひとしきり泣いて倒れ伏す。
 寝て起きれば元に戻るようにと、必死に願いながら。


「──────ッ!」

 跳ね起きてしまった。観戦中かつ、有事には介入しなければならないのにも関わらずだ。
 背中を伝う汗の感触が生々しい。冷んやりと濡れた背筋が寒さを訴えてくる前に、魔術でそれらを散らした。

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