ハーメルン
東方遺骸王

 月魔術、“望遠”。
 そして、水魔術“均衡”。

 遥か彼方の目視を可能とする魔術と、水中で手足を振らずとも頭だけを静かに水面に出していられるという地味な擬似浮遊魔術の併用により、私は今、広大な海の一点より、遠方の神の様子を観察している。

 この広大な地球である。
 特定の一人の神を探すことは、数年、数十年以上はかかるであろうと予測を立てていたのだが、意外なことに数年で見つかった。

 一度相手の姿が見えてしまえばあとはこちらのもの。
 地上の遮蔽物の少なさは悩みどころだが、数十キロメートル以上にも及ぶ遠視の魔術と、豊富な海を利用した隠形さえ可能であれば、一方的な観察は何日にも渡って行うことができた。



 見た目天女に近いその女神は、常に一人だった。
 ふよふよと宙に浮かび、非常にゆるやかな速度で空を航行しては、時々思い出したように笏を振るい、地上を変成する。
 他の神々を探しているのかと思えばそうでもないようで、彼女の周りには誰もいない。

 ただ淡々と、ゆっくりと、地上を引き剥がしてはどこかへと流し、偽物の脆い地上を築いて、陸地につなげる。私の目から見て、あれは、ただそれだけの神であった。

 ……あれが、俗にいう天地開闢?
 巨大な大地を割って群島を創ろうというのか?

 だとすればあれは、あまりにもお粗末だ。

 悪戯に大地を消して、土を貼り付けるだけ。あれではただ、陸を崩しているだけに過ぎない。
 彼女は一体、何をしたいというのだろうか。

 それにあの女神、最初に見た頃よりも随分と顔にシワが増え、なんというか……老いたように見える。
 神が老いるというのは実感が沸かないが、私の優秀な記憶をたどってみれば、変化が顕れていることは間違いない。

 ゆっくりと老いる、無気力な女神。

 ……いくら考えても、謎まみれである。



 私は難問に悩むはげ頭を細腕で掻き、あ、と小さな声を漏らした。

「……しまった」

 望遠の魔術越し見える宙に浮かんだ女神が、いつのまにやらこちらを向いていた。
 こちらを向いている……だけではない。彼女は目線すらも私に合わせ、浴衣のような衣の裾をはたはたと風になびかせ……こちらに進んでいるらしい。

 見つかった。隠形がバレた。発見された。

「まずい」

 何がまずいのかは、私にもわからない。
 だが、あの老いた女神は私を目指し、一直線にこちらに向かってきている。

 観察していた最中の、心ここにあらずといった雰囲気は微塵も見られない。
 顔はどこか、切迫したような、鬼気迫るような気配を漂わせ、もう少し望遠の精度を上げれば、充血や血走り具合が観察できるほどに、目は大きく開かれている。

 何とかしなければなるまい。
 何をとは言わないが、あの女神は私を一時的とはいえ海底に封じ込めた張本人だ。

 自由に動く準備を整えても、不都合や不自然はないだろう。

「“浮遊”」

 月魔術により体を宙へと浮かび上がらせ、水を滴らせながら海面に降り立つ。
 その様子を見て女神は驚いたらしく、なんとも都合の悪いことに、宙を駆ける速度を上げてきた。


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